御巣鷹山「日航機事故」から37年 なぜフジテレビは生存者4人の救出劇を独占生中継できたのか

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重たい機材を背負って険しい山を登った取材班

 この登山が困難だった。当時、あるテレビ局の学生ADだった筆者も事故から1週間後に墜落現場に入ったが、あまりに山が険しく、驚いた。

 登山道などない。廃線となった森林鉄道の枕木の上をおそるおそる歩かなくてはならない場所もあった。枕木と枕木の間の下は谷。足を滑らせ、転落したら、軽傷では済まなかった。

 全体的に山深い上、急斜面が多かった。取材陣の中から遭難者や滑落した者が相次いだのもうなずけた。麓から墜落現場に辿り着くまでには軽く3時間以上かかった。

 そのうえ各局の取材班は重たい機材を背負わなくてはならなかった。フジ以外の局は肩に担ぐ取材用ENG(エレクトリック・ニュース・ギャザリング)カメラが中心。交換用のバッテリーやビデオテープも持たなくてはならないので、1カメラあたりの機材の総重量は数十キロに達した。

 ENGカメラは運ぶのが一苦労であるだけでなく、大きな弱点があった。映像を放送で使うためには、撮影したテープを上空の自社ヘリにロープで引き上げてもらうか、スタッフの誰かがテープを持って下山しなくてはならなかった。

 ヘリにテープを引き上げてもらうのは難しいうえに危険だった。一方で下山にも最低3時間はかかった。昼に撮った映像を流すのが夕方になってしまう。

なぜ、フジだけ生中継できたのか

 ところがフジは13日午前11時半には生中継を始めた。山に登り始めたのは他局とほぼ一緒なのに。「ヘリスター方式」を使ったからだ。

 フジはまず事故現場での映像を電波に変換。上空の自社へリに飛ばした。ヘリは受け取った電波を、東京・西新宿の高層ビルにある大型アンテナに飛ばした。その電波が新宿区河田町のフジ本社(当時)に送られた。ヘリを衛星中継の衛星の代わりに使ったのである。だからヘリスター。当時としては画期的なシステムだった。

 この技術の存在はNHKを含めた他局ももちろん知っていた。だが、導入済だったのはフジのみ。万一の事件・事故に備えていたフジの考えが正しかった。

 もしかすると他局はヘリスターを導入していても御巣鷹の尾根では使わなかったかも知れない。なにしろ機材が途方もなく重いのだ。ENGカメラとは比較にならない。1カメラあたりの重量は軽く計100キロ以上と言われた。

 けれどフジでは墜落現場にヘリスター機材を持っていくことがすぐに決まった。フジOBによると、当時の制作技術局制作技術センターの幹部が、「持っていったらどうか」と提案。取材班の面々は一も二もなく賛同した。誰一人として難色を示さなかった。

 それまでにヘリスターが山間部で使われたことはなかったから、提案した技術センター幹部は発想が柔軟だった。機材が恐ろしいまでに重いことを知りながら、すぐに提案を受け入れた取材班はバイタリティに満ちていた。

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