「ルビーのように美しいゴミムシ」を手に入れる方法 昆虫学者はこうして無限穴掘り地獄を回避した

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 コロナ感染予防のための移動制限が解けて、今年の夏こそは昆虫採集を満喫しようと思っている虫マニアも多いだろう。でも、あまりの猛暑で熱中症も心配だし、コロナウイルスも気が付けば感染が急速に再拡大。となると、今年もやっぱりダメか……と弱気になりがちな方々に、少しばかりの耳より情報を――。

 人との接触がほとんどない山の中、しかも洞窟の奥などひんやりとした場所に、まるでルビーかガーネットを思わせる宝石のような甲虫が生息しているという。以下、昆虫学者の小松貴さんの新刊『怪虫ざんまい――昆虫学者は今日も挙動不審』からご紹介しよう。

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美しくカッコよいゴミムシ

 虫マニア連中の間でメクラチビゴミムシは極めて人気が高い。美しさとカッコよさ、そして希少性を兼ね備えたアイドル的存在であり、古参のファンも多い。

 まず、メクラチビゴミムシは地下に生息するので、これを採るには深くて危険な洞窟の奥に入るか、あるいは山奥に分け入って地下に空隙が形成されやすい谷間の沢筋まで行き、手鍬一本で地面を1~2mも掘り下げる必要がある。もはや虫採りではなく土木作業で、これをやると全身が激しい筋肉痛に見舞われ、向こう2~3日は日常生活に支障をきたすほどだ。それくらいの苦労をして、やっと1、2匹採れるか採れないかという虫なので、とにかく採集のハードルが高く、また採れた時の喜びたるや格別だ。

 もちろん、それだけやって何一つ採れなかった時の肉体的・精神的ダメージは計り知れないし、そうなる場合の方が圧倒的に多い。故に、このハイリスク・ローリターンな土木作業のことを「マゾ採集」などと呼ぶ虫マニアも少なくない、らしい。

 また、メクラチビゴミムシは地域固有性が極めて高く、地球上でその1カ所の山、谷筋、洞窟でしか採れないものばかりである。

 乾燥にからきし弱い彼らは、地下の水脈に沿った分布をしているため、地殻変動などで水脈が断ち切られたり、地下の空隙が詰まったりすると容易に地下の生存可能域での移動が遮られ、その狭い地域内に封じ込められてしまう。

 こうして彼らは各地の地下で孤立した集団となり、それら個々の集団がそのまま長い年月の中で他の仲間と交わらずに代替わりを重ねた結果、その場所固有の種として分化していった。

 彼らの現在の分布様式は、如実に過去の日本の土地の動き、成り立ちを反映したものになっており、その意味で彼らは「生きた歴史書」ともいえるわけだ。

 例えば、豊後水道を間に挟んだ四国の西部沿岸と九州の東部沿岸には、系統的に極めて近縁なメクラチビゴミムシの種が複数生息する。そうしたことから、かつてこの二つの島が地続きであったという地史を垣間見ることができるのである。

 ともあれ、彼らは全種がそんな「ご当地キャラ」であり、分布の狭い珍種だ。それがこの日本に400種近くもいるというのだから、コンプリートしてやろうという収集欲もかき立てられようというもの。メクラチビゴミムシには、一つの地域内に複数種(特に近縁なもの同士ほど)が共存しないという原則がある。日本の中でも、四国は特に彼らの種分化の程度が激しく、ごく狭い地域内に何種ものメクラチビゴミムシが、ほぼ共存せずすみ分けて分布している例が見られる。四国に次ぎ、メクラチビゴミムシの種分化ならびにその重複しないすみ分けが顕著なのは九州(の中でも特に大分や熊本辺り)である。(略)

地下性生物のメリット

 地下性生物というのは、何しろ地表からは隔絶された地下世界の住人である。正確には隔絶とまで言っては言い過ぎだが、とにかく地上の季節や気温の変動を直接受けにくい、非常に安定した環境に住んでいる。そのため、メクラチビゴミムシは地上の昆虫にありがちな、成虫が夏にしか採れないとか春にしか見られないといった季節の「旬」がなく、一年中幼虫も成虫も存在する。季節を問わず採りに行けるという、虫マニアにとっては大変ありがたい虫である。

 とはいえ、モノが一年中いるからといって、一年中たやすく採れるとは限らない。雨が少ない時期になると、地質によっては地面がセメントのように固く締まって掘削困難になるし、地下水位が下がってしまうので虫もそれによって地下深くに移動してしまい、掘り出すのが難しくなる。そのため、年中採れるとはいっても効率よく戦果を挙げるためには、それなりに時期を選ぶ必要がある。それがいつかは、人によって意見が分かれるが、何人ものメクラチビゴミムシマニアからの話と自らの経験則によれば、春と秋に打率が高い。それを受け、ある晴れた秋の日に、メクラチビゴミムシの模式産地たる隣県の山へと出かけることにした。

 まず、事前に国土地理院発行の地形図とにらめっこして見定めておいた、虫が出そうな場所を目指していく。すなわち、等高線の幅が狭く、V字に切れ込んだ沢筋の源流だ。急峻な斜面を真横から水平に掘り進めば、平坦な地べたを上から掘るよりも短時間で地下深くにある空隙の多い層に到達できる。私は沢に沿って、源流域へと遡った。

 その途中、川べりに土砂崩れの跡が見つかった。こういう場所は、人力で掘るまでもなく大規模に地面がえぐれて地下部分がむき出しなので、そこから掘っていくことが可能だ。

 早速、持っていたバールでガシガシと掘っていく。土砂がボロボロ零(こぼ)れ、足元の沢の水にバチャバチャ落ちる。泥水がはねて、たちまちズボンの裾がずぶ濡れになるが、構わず掘っていく。

 (中略)

 よさそうな雰囲気の土砂崩れ跡を30分ほど掘り進んだ私だったが、しかし掘っていくにつれて違和感を覚え始めた。それまでサラサラした感じだった砂礫層が、だんだん粘土で目詰まりしてきた。空隙が閉じている。

 メクラチビゴミムシは空隙を伝って地下を駆け回る昆虫だ。空隙が奥まで筒抜けになっていない地下にまでは移動してこられず、したがってそんな場所をいくら掘っても虫は出てこない。私は掘削をやめて、せっかく掘った穴をとっとと埋め戻した。

 メクラチビゴミムシ探しは、一にも二にも場所選びが重要だ。ダメな場所では何時間かけて掘ろうが一匹も出ない。「ここはダメだ」と思ったら、潔く諦めて次を探す。この諦めができるかどうかが、デキる土木作業員とそうでない凡夫とを分けるカギとなる。ただ、慣れないうちは、「あともう少し掘ったら出てくるんじゃないか」との期待に駆られてやめられず、無限穴掘り地獄に陥る可能性が高い。

 他方、1時間2時間ぶっ続けでくじけず掘り続けた結果、それまでの固い粘土の壁を見事突破して最高最強の「勝てる砂礫層」に到達できたというケースもあるにはあるのだが……。

 私は、おとなしく別の場所を探すことにした。沢沿いの山道をしばらく進んでいき、植林されたスギの木の、あの鼻を突くような香りを覚えながら、沢をまたぐ小さな橋までやってきたときのこと。鬼太郎の妖怪アンテナよろしく、私のメクラチビゴミムシアンテナがピィーンと反応した。

 橋の下を流れる沢脇に、細かい砂利がなだれ落ちるように崩れた箇所がある。きっと私はニヤリと笑ったはずだ。こういう場所は地下が空隙だらけで、しかも柔らかいので、掘りやすいし勝算が高い。

 すぐさま私は下へ降り、持っていたバールでそこをほんのふた掘りだけ引っ掻いた。するとどうだろう。崩れた土砂の中から、とても小さな赤い甲虫が素早く這い出し、土砂の上をチョロチョロ駆け回るではないか。その形、色、動き。親の顔より見覚えのあるそれを、私は慌てて土砂ごと手ですくい上げて顔に近づけた。

 メクラチビゴミムシだ!

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 かくして小松さんは、見事、クラサワメクラチビゴミムシの仲間の一種と出会うことができた。

 小松さんは全くもって孤独な一人作業だったけど、もちろんご家族連れ、カップルでのチャレンジだってもちろんOK。太古の地球に思いをはせながら、真っ赤な宝石のような虫を探す――これはこれで悪くない夏休みの体験だ。

 もちろん、私有地に勝手に入るのはNG。洞窟など危険な場所に闇雲に入ってはいけないので、あくまでも許可された場所に、安全を確保したうえで探検していただきたい。

 さらにもう一つ、過酷な肉体労働がともなうのはお読みになった通り。コロナ感染だけでなく熱中症対策もお忘れなく!

『怪虫ざんまい――昆虫学者は今日も挙動不審』より一部を抜粋して構成。

デイリー新潮編集部