天変地異の前触れ? 「猛暑なのに、セミの鳴き声が聞こえない」のはなぜなのか、昆虫学者に聞いてみた

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 超速の梅雨明けでやって来た2022年の夏。観測史上最高といわれる40度近い異常気温が注目を集める陰で、もうひとつ不思議なことが起きている。

 そう、例年であれば梅雨明けの頃には一斉に大合唱を始めるセミの声が、一向に聞こえてこないのである。もしかしたら、これは何か天変地異の前触れなのか――?

『怪虫ざんまい』『昆虫学者はやめられない』などのエッセイが人気の昆虫学者、小松貴さんに話を聞いてみた。

――本当に暑いですね。さすがの小松さんも野外での昆虫観察はお休みですか?

「いえ、へばっている暇などございません。今の時期、日中はトゲアリの巣にやってくる珍しいハナアブを観察し、夜は夜で沼地のヨシ原でゴミムシとガを観察しています」

――ところで、こんなに暑いのにいまだにセミが鳴かないのは、何か理由があるのですか? なんか天変地異の前触れみたいで、気になるんですが……。

「セミに限らず、昆虫が成長するためには温度の積み重ねが必要なんです。これを有効積算温度といいます。昆虫は変温動物ですから、外気温の変化に左右されるんですね。種によってその有効積算温度は違いますが、幼虫やサナギから羽化するまで、トータルで一定の温度を積み重ねなければ成虫になれない。しかも有効温度帯というのもあって、極端に寒かったり、逆に暑かったりすると、それはカウントされないんです。今年の春先は例年にも増して寒かったですから、急に暑くなったとはいえ、数日間の気温の急上昇では間に合わない」

――なるほど、暑ければかき氷が食べたくなるとか、ビールを飲みたくなるとか、そんな感覚的、瞬間的な話ではないんですね。

「そうです。さらに言えばセミは何年も土の中で過ごすわけですから、極端に低い年があれば、当然影響を受けます。ちなみに、岡山県岡山市では、ここ数年ツクツクボウシの成虫の出現時期が他よりも1カ月近く早いそうです。都市部で進むヒートアイランド現象の影響で、セミが幼虫として過ごす期間が短縮されてしまっているんだとか」

――となると、もうすぐセミの声も聞こえるんですね。

「地域差はありますが、南関東の場合、だいたい6月半ばから7月ごろからニイニイゼミが鳴き始め、じきにアブラゼミ、ミンミンゼミ、クマゼミの声が聞こえるようになります。ニイニイゼミは小さなセミで、他の3種に比べて甲高く、都市の騒音に紛れやすい声で鳴きますから、意識しないと気付かないかもしれませんが、案外どこにでもいるセミです。泥を被ったような抜け殻なので、それが見つかればニイニイゼミが近くにいる証拠です」

クマゼミが関東にも増えたワケ

――ところで、最近関東にもクマゼミが増えてきて、それが地球温暖化のせいだという話も聞きますが、どうなんでしょう?

「たしかにその説明も聞きますね。でも私は、温暖化が原因ではなく、クマゼミは人為的に広まったんじゃないかと思っているんです。一時期、虫マニアが集まるネットの界隈でも話題になりましたが、関東地方に越してきたある関西出身者が、力強いクマゼミの声が聞けないのを寂しく思い、わざわざ何百匹か何千匹か、大量に捕まえてきて、野に放った。それが大繁殖していまに至るとか。あと、西日本でクマゼミに産卵された街路樹や電線などが人の手で東日本に運ばれ、これにより広まったという話もあります」

――たしかに瀬戸内海の島あたりに行くと、とんでもない数のクマゼミが木にとまっていて大合唱をしていますよね。あれを聞いたらアブラゼミやミンミンゼミでは物足りないのもわからないでもない。

「いくら物足りないからといっても、やっていいことと悪いことがあります。外来種や他地域の生物を持ち込んではいけないというのは、ヒアリとかセアカゴケグモとかの人間に有害な外来種だけの問題じゃないんです。生き物が今そこに分布しているのは、過去の気候変動や他の競合する種、天敵の存在など、その場所でこれまでに起きてきたさまざまな地球史の積み重ねの結果です。それを今になって人が勝手にいじくって改変するのは、歴史的な古文書の内容を改ざんしたり、貴重な史跡遺構をブルドーザーで破壊するのと同じことです」

今季の注目は「アオヘリアオゴミムシ」

――セミの声が聞こえないという話から、ずいぶん大きな話になってしまいましたが、どこにだっているセミだけでも、いろんなことが考えられるのですね。

 最後に小松さんにひとつお聞きしたいのですが、ずばり、この夏、見ておくべき虫があったら教えてもらえますか?

「アオヘリアオゴミムシあたりが今アツいと思います。体長2cm位で、金ピカの頭と胸、そして両サイドがメタリックな緑に輝く深海の如き青い羽を持つ、とても美しい甲虫です。水田など水辺にいて、かつては日本国内からほぼ絶滅状態となった希少な甲虫ですが、最近どういう訳か日本の各地でこの虫が見つかり始めています。

 私の新著『怪虫ざんまい』でも詳しく書きましたが、じつは私も自宅からさほど遠くない某所で、この甲虫が数多く住む場所を偶然みつけてしまいました。年々、見つかる範囲が拡大している様相を呈するため、もし近所に田んぼがあれば、思わぬところでこのブローチのような美しい甲虫を見つけられるかもしれません」

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小松 貴(こまつたかし)
1982(昭和57)年生れ。信州大学大学院総合工学系研究科山岳地域環境科学専攻博士課程修了。博士(理学)。九州大学熱帯農学研究センターでの日本学術振興会特別研究員、国立科学博物館協力研究員を経て、2022(令和4)年4月からは在野の研究者として奮闘中。専門は好蟻性昆虫。『怪虫ざんまい』『絶滅危惧の地味な虫たち』『裏山の奇人』など著書多数

デイリー新潮編集部

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