“クモの巣のデザイン”を操るハチ 乗っ取られたクモの切なすぎる末路【残虐な寄生虫】

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 ゴキブリを奴隷のように支配したり、泳げないカマキリを入水自殺させたり、アリの脳を支配し最適な場所に誘って殺したり――、あなたはそんな恐ろしい生物をご存じだろうか。

「寄生生物」と呼ばれる彼らが、ある時は自分より大きな宿主を手玉に取り翻弄して死に至らしめ、またある時は相手を洗脳して自在に操る様は、まさに「えげつない!」。

 そんな寄生者たちの生存戦略を共生細菌、感染症、ワクチンの研究を行ってきた理学博士の成田聡子氏が執筆した『えげつない! 寄生生物』から紹介する。

「寄生バチ」に襲われ巣を乗っ取られたワタシ――あるクモの物語

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 これは一体なんなのかしら。この私のお腹にぴったりとくっついて離れないもの。しかも、日に日に大きくなっているような気がする。そうよ、最初はこんな大きさじゃなかった。小さなできものか何かかと思うくらいの大きさだった。だから、今までほっといたのよ。

 これを見つけた日――いつだったかしら。数週間前くらいだったと思う。あの日、私はいつものように自慢の美しい網を張り巡らせて、獲物を待ち構えていたわ。

 そうしたら、小さなハチみたいな奴が私の網に向かって飛んできたのよ。

 あらあら、エサが自分から飛んできてくれたわ。私の巣にかかるのは大歓迎だけど、暴れてあんまり巣を壊さないでね、なんて、悠長にそのハチを眺めていたのよ。そのハチは網にかからず、私の目の前に来たわ。次の瞬間、体にチクッと衝撃が走って私はそのまま気絶してしまった。

 ふと目が覚めると、もうそのハチの姿はどこにも見えなかった。だけど、私のお腹に小さなできものみたいなものができていた。

 私は自分のお腹をよく見ることができないから、気のせいだったかもしれないけど、あるとき、できものから何かが出てきたように見えた。でも、その何かはずっとお腹の上で動かないし、私の見間違いね、と思った。

 このできものができてから、私はものすごくお腹が空くの。だから、せっせと網にかかる虫たちを片っ端からエサにしていた。なのに、食べても食べてもお腹は空く一方。

 そして、このお腹のできもののような何かは見る見る大きくなってきたわ。もう、できものっていうより、私のお腹からはみ出すくらいの大きさになってしまった。

 これは、何なの?

 しかも、ここ数日、私は得意だった円形の網を作れなくなっている。私の美しかった繊細な円形の巣。今はもう見る影もないわ。ただ頑丈で無骨な変な形の網しか作れない。

 しかも、さっきからお腹の何かがモゾモゾと動いて私の力を奪っていくみたい。もう、網を作る力も、逃げる力もないわ。私の作った最後の巣がこんな形になってしまうなんてね。クモとしては、ちょっと恥ずかしい最後ね……。

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ゴミグモを思うがまま操って巣を張らせて最後は体液を吸い尽くすクモヒメバチの残虐

 円形の美しいクモの巣を作るゴミグモに寄生して、自分の都合の良いように操っているのはクモヒメバチという寄生バチです。しかも、その操作の対象になるのはクモの十八番ともいうべき「クモの巣」です。寄生バチがなぜクモの巣のデザインを変えるのかを見ていく前に、クモとその糸のすごさについて少し触れたいと思います。

クモは昆虫じゃない

 ご存知の方も多いかもしれませんが、クモは昆虫ではありません。

 日本語ではクモのことも「ムシ」とひとくくりに呼ぶため、クモも昆虫であると思っている方も多いですが、生物学的には、「節足動物門鋏角亜門クモ綱クモ目」です。つまり、クモはクモだけで構成されている生物群なのです。

 昆虫とは6本足で体が頭と胸と腹の3分割で構成されています。一方、クモには足が8本あります。そして、頭と腹しかありません。胸はないのです。しかも、その頭と腹の境が曖昧です。

クモの糸は鋼鉄より強い

 クモは優秀なハンターであることが知られていますが、一番ポピュラーな捕獲方法は「巣を張って獲物を待ち伏せする」方法です。

 その巣を作るために用いるのが、クモの糸です。そして、このクモの糸がすごい繊維なのです。クモの糸は、同じ太さで比べると鋼鉄より強く、しかも、鉄の5分の1くらいの重さしかありません。直径4センチのクモの糸があればジャンボジェット機を持ち上げられるといわれています。このように、あまりにクモの糸が強いため、クモの巣にスズメがかかって外れないことさえあります。

 また、クモの糸にはさまざまな種類があり、水にぬれると長さが短くなる糸や、引っ張ると倍に伸びる糸などがあり、クモは必要に応じて使い分けています。このように、強いのに柔らかい、この相反する特性を兼ね備えているのがクモの糸なのです。

ゴミを巣に吊るしているからゴミグモ

 今回、寄生バチに寄生され、いいように操作されるのはゴミグモの一種「ギンメッキゴミグモ」という体長3ミリほどの小さなクモです。その腹部はアルミ箔を貼ったかのように銀白色に輝いています。

 ゴミグモは自分の巣にゴミを吊るすことからその名が付けられました。ゴミグモは円形の巣の中央に食べかす、脱皮殻などのゴミを縦に並べます。そして、ゴミで自分の姿を隠すようにして、普段は巣の中心で脚を折り畳みじっとしています。

 そんなふうにひっそりとゴミに身を隠しているゴミグモを見つけ出し、寄生するのはクモヒメバチです。その名の通り、クモだけに寄生するハチです。

 クモヒメバチはゴミグモの体の表面に卵を産み付けようと狙います。しかし、ゴミグモが暴れては、せっかくの卵が正確な場所に産み付けられません。そこで、クモヒメバチはゴミグモの一瞬の隙をついて、麻酔を注入します。そして、動けなくなったゴミグモにゆっくりと卵を一つだけ産み付けるのです。

寄生されても普段通りに生活する

 しばらくして、麻酔から覚めたゴミグモは、何事もなかったかのように今まで通り生活し始めます。毎日、巣の補修をして美しい完璧な形を保ち、巣にかかった虫などを捕食します。しかし、体表にはクモヒメバチの卵が付いています。

 数日するとハチの卵は孵化し、中からハチの幼虫が出てきます。そして、ハチの幼虫はクモの体表にしっかりとくっつき、外側からクモの体液を吸って育っていきます。毎日体液を吸われながらも、クモはこれまで通り生活しています。

 生きたままクモを利用する利点はいくつかあると考えられています。クモを殺さず、少しずつ体液を吸うことで、クモが生きている間、クモは外敵から自分の身を守りますから、クモにくっついているハチの幼虫も結果的に外敵から守られることになります。また、普段通りクモにエサを捕らせることにより、クモはハチの幼虫のエサである体液を維持することができるのです。

 しかし、このハチの幼虫はクモを最後まで生かすわけではありません。蛹になる前に、宿主であるクモの体液をすべて吸い尽くし、殺します。

 しかし、その前に宿主を操作して、クモの巣を作り替えさせるのです。ハチの幼虫は、殺す直前にクモの体内に何らかの物質を送り込みます。すると、クモはこれまでの捕虫のためのらせん状の繊細な巣から、細い糸を減らし、少ない本数の糸で中心を支える巣に作り替えていきます。しかも、その本数の減ったクモの糸には綿のような装飾がつけられているのです。

巣の形を操る理由

 成長したハチの幼虫は、なぜ、このような形へクモに巣を作り替えさせるのでしょう。もちろん、ハチが生き延びるためです。

 成長したハチの幼虫は成虫になるために、まず蛹にならなければなりません。蛹の状態というのは動けず無防備で最も危険な状態です。ハチは、そんな無防備な状態でクモの糸の網の上で10日以上過ごさなければなりません。

 また、捕虫に特化した巣は非常に繊細で、風雨や飛翔生物によって簡単に巣の一部が壊れます。宿主であるクモが生きていれば壊れた巣を補修してくれますが、ハチは自分が動けなくなる蛹になる前には宿主を殺さなければなりません。巣の持ち主であるクモが死んでしまうと、誰も巣の補修をしなくなり、すぐに朽ちていきます。

 これらの問題を解決するため、ハチの幼虫はクモを殺す前に頑丈な網の巣に作り替えさせるのです。

 実際、神戸大学の研究チームが操作された巣に使われている糸の強度を計測したところ、操作された網は、クモが脱皮に備えて張る「休息網」に比べて外周部で3倍以上、中央部で30倍以上の強度をもっていました。

クモの糸に付ける綿のような装飾のわけ

 宿主のクモは操られると、頑丈な網を作り、さらに綿状の糸を直線糸に吹きつけて綿のような装飾をつけます。この装飾にも重要な役割があります。この装飾によって紫外線をはね返していたのです。

 紫外線は人には見えませんが、鳥や昆虫にはよく見えています。つまり、この装飾は、飛んでいる鳥や昆虫が誤って巣にぶつかることがないよう、信号のような役割を果たしていたのです。

宿主クモの哀れな最期

 宿主であるクモは、ハチが蛹でいる間中、持ちこたえられる壊されにくい頑丈な網を作り終えると、用済みになります。その頃には、ハチの幼虫は宿主クモと同じくらいの大きさに成長しています。

 次に、ハチの幼虫は、クモを殺し、クモの体表から離れて蛹になります。しかし、そのためにはクモの網に自力でぶら下がる必要があります。ですが、ハチの幼虫には脚がありません。

 ここでも、ハチの幼虫は驚くべき技を見せてくれます。ハチの幼虫はクモを殺す頃になると、背中にマジックテープ式の微細刺毛のついた突起が現れます。そして、それまでぴったりと取りついていたクモの体液を残らず吸い尽して殺します。死骸となったクモは捨てられ、ハチの幼虫は突起によってクモの網に自力でぶら下がり、蛹になるのです。

デイリー新潮編集部

2021年10月29日掲載