安倍元首相と北朝鮮 本人が明かしていた、5人の拉致被害者を巡る田中均氏との激論

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「重村さんしか信用できない」

 ある日、安倍元首相がTBSのインタビューで「朝鮮問題では、重村さんしか信用できない」と発言した。このテレビ番組を見ていなかったが、友人が教えてくれた。

 安倍元首相に呼ばれた際に、なぜ言ったのか聞いてみた。

「恥ずかしいから、テレビで言わないでください。どうしたのですか」
「帰国した拉致被害者に、テレビは見ていますかと聞いてみた」
「何を聞いたのですか」
「テレビで発言している専門家の中で、誰が一番本当のことを話していますか」
「それは人が悪い、事前に教えてくれなきゃ」
「〇〇さんが、はっきりと重村しか信頼できない。重村以外は、北朝鮮を知らずに、いい加減なことをしゃべっている、と言われた。他の拉致被害者にも聞いたが、同じだった」

 当時は、新聞社をやめ大学で教えていたが、政治家に物欲しげに接触するのはジャーナリストとしてしたくなかったから、頻繁にはお会いしなかった。電話で、時折お話しする程度だったが、韓国・北朝鮮問題では話を聞いていただいた。

 帰国した拉致被害者については、心無い噂が流されていた。北朝鮮と連絡しているとか、日本政府に全部は話していない、夜中に北朝鮮から電話がかかるなど。いずれも、悪意のあるデマ情報だ。

 私はテレビで、「拉致被害者は苦しい生活だったが、親切にしてくれた朝鮮人がいる。その友達に迷惑をかけたくないから、話せないこともある。ただ、日本政府には全て話している。彼らを救出しなかった愛情ない日本の政治家や北朝鮮支持者に、そんなことをいう権利はない」と、反論した。

帰国をめぐる攻防

 2002年9月の日朝首脳会談で、拉致被害者5人が帰国できた。その際、5人を再び北朝鮮に帰すべきかで、次のような激しい論争が、外務省の田中均・アジア大洋州局長との間で交わされた、と話してくれた。安倍元首相は、田中局長を信用していなかった。

 安倍元首相は、この歴史的な激論の内容を教えてくれた。安倍官房副長官(当時)と中山恭子拉致担当大臣、福田康夫官房長官、田中均アジア大洋州局長(外務省)の四人だけの会議が、官邸の官房長官室であった。

 田中「4人を北朝鮮に一度帰してほしい。里帰りで帰国しているのだから、一度平壌に帰って、また来たらいい」
 安倍「また来る保証はありますか。一度返したら、2度と帰国できない。日本人だから、日本に帰るのは当然のことだ」
 田中「返さないと大変なことになる」
 安倍「大変なこととは、何ですか」
 田中「これからの日朝交渉が、難しくなる。困ったことになる」

 後に安倍元総理から、「困ったこととは何だったのだろう、田中氏は何を言うつもりだったのか」と聞かれた。私は、「多分。交渉相手のミスターXが、責任を問われ粛清されると心配したのではないか」と説明した。

 中山恭子拉致大臣と安倍元首相が、田中局長に決定的な質問をした。

 中山「何が困るのか、どんなことが起きるのか、言ってください。拉致被害者を北朝鮮に帰すこと以上に困ることはあるのですか」
 安倍「拉致された日本人を取り返すのは、日本政府の義務だ。拉致被害者を救出できなかったのは、日本政府の怠慢だ」
 中山「日本政府は、国民の命も守れないのか」
 田中「平壌に子供たちがいるから、帰すべきだ。人道問題になる」
 安倍「本人も、北朝鮮には帰らないと言っている」
 田中「残された子供たちはどうするのか、親子離れ離れにしたら、これこそ人道問題だ」
 安倍「日本政府が、責任を持って取り返す。親子再会できるようにするのが、外交官の田中さんの仕事ではないか」
 田中「そんなことは…」
 中山「あなたは、日本の外交官か北朝鮮の外交官か。日本の外交官なら、日本国民を救出し、保護するのがあなたの仕事だ」

 田中局長は黙った。福田官房長官は最初から最後まで沈黙していたが、拉致被害者を北朝鮮に返さないとの方針を、了承した。

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