KinKi Kidsとジャニー喜多川氏を結ぶ「愛」 デビュー25周年で語られた「3人」の現在

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あれほどジャニーさんが近くにいるグループはない

 2022年7月でCDデビューから25周年を迎えるKinKi Kids。そして、この7月9日で亡くなって3年となるジャニーの創業者・ジャニー喜多川氏。

 この稀代の事務所総帥は数多くいるジャニーズタレントの中でも、特にKinKi Kidsに目をかけてきたとされる。自分たちのことをジャニーズ事務所で「浮いている」と感じてきたというKinKi Kidsの2人はジャニー喜多川氏にどんな思いを託されたのか。『ジャニーズは努力が9割』(新潮新書)の著書がある霜田明寛氏が綴る(一部敬称略)。

 この7月でKinKi KidsがCDデビュー25周年を迎える。同時に7月というのは、彼らにとって、育ての親であるジャニー喜多川氏を喪った月でもある。ジャニー氏は2019年に他界した。

 ジャニーズ事務所の創業社長・ジャニー喜多川氏に10代から50代までの全ジャニーズタレントを育成し続けてきたかのような印象を持つ方も多いかもしれない。もっとも、氏が主に手掛けてきたのはタレントたちの創成期にあたる時期であり、特にCDデビュー前のジャニーズJr.の育成に力を注いできた。そんな中にあってKinKi Kidsは異色の存在だ。

 KAT-TUNの亀梨和也はKinKi Kidsのことを「あれだけデビューしてからずっとジャニーさんが近くにいるグループはない」と語っていた。自身がバックダンサーとしてKinKi Kidsの出演する歌番組に行くと、ジャニー氏が演出し、意見を言っていた様子を覚えているという。自身が指導をされていた時期にも「KinKiのお2人の名前がジャニーさんの口から出て物事を説明されることが非常に多かった」と言う。(*1)

誰にも渡したくなかったんだと思う

 堂本光一自身も「デビューするとジャニーさん(が)離れちゃうところ(も)あるじゃないですか。だけどKinKiの現場には必ず来てくれた。ずっと」と振り返る。(*1)

 その思い入れは2人の入所直後からで、なんとジャニー喜多川氏自ら2人の現場マネージャーを務めていたほどだったという。(*2)

 かつて、ジャニー氏は「100年にひとりの逸材がここには2人いる」と語っていたといい(*1)、その才能への惚れ込み方は尋常ではなかったようだ。

 デビュー曲に関しては、ジャニー氏のこだわりが強く、すんなりと決まらなかった。結局、他の候補曲を却下した末に採用された「硝子の少年」を作曲した山下達郎は「ジャニーさんは本当に2人のことを誰にも渡したくなかったんだと思う」と語っていたという。(*3)

 この種のエピソードは枚挙にいとまがなく、出会いから晩年にいたるまで、ジャニー氏が思いを注ぎ続けてきたKinKi Kids。

 では、彼らこそ、王道のジャニーズアイドルと呼べるのだろうか?

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