倍速視聴は「映画への冒涜」ではないのかもしれない 映画界では30年前にも大きな変化が(古市憲寿)

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 藤原ヒロシさんと映画の倍速視聴の話になった。

 NetflixやHuluなど動画配信サービスでは、再生速度を選ぶことができるので、1.5倍速や2倍速で映画を観る人が増えている。また、あらすじ紹介サイトやダイジェスト動画だけで映画を「観た」気になる人もいる。

 保守派によれば「映画への冒涜」なのだという。2時間の総合芸術を、早送りで観たり、ダイジェストで済ますなんて許せない、と。

 そのような意見に対して、ヒロシさんが面白いことを言っていた。「昔の映画館って途中から入れたよね。だからクライマックスから観ちゃうこともあるの。これも映画への冒涜なのかな」。

 確かに数十年前まで、日本の映画館は全席自由で入れ替えなしというスタイルが主流だった。2本立て、3本立ての上映も多く、お客さんは閉館まで居座ってもいい。

 タイミングが悪いと、オチを最初に知った上で、また冒頭から観るなんてことも珍しくなかった。また人気作品は観客が殺到するため、長蛇の列に並んだ上、立ち見しかできない人も多かったという。

 1974年に岩波ホールが完全入れ替え制を導入、歌舞伎町のシネマスクエアとうきゅうや六本木のシネ・ヴィヴァン六本木などが後に続いたとされる。

 しかし1990年代前半まで、完全入れ替え制は東京のミニシアターに特有の仕組みだった。実際、当時の東宝は新聞取材に対して「映画館は365日開いていて、なおかついつでも入れるというのが理想」であり、日本に入れ替え制はなじまないと断言している(「朝日新聞」大阪版、1993年4月17日夕刊)。

 こうした状況を変えたのはシネコンの流行だ。町の古い映画館に代わって、複数のスクリーンを備えたシネマコンプレックスが全国に登場、2000年代までには全席指定、完全入れ替え制が定着していった。もちろん今や東宝の映画館も、入れ替え制である。

 教訓は二つ。まず視聴習慣は時代と共に変わること。そして、いつの時代にも保守派はいること。90年代の東宝が、入れ替え制に拒否反応を抱く様子は、2020年代の我々からは不思議に映る。同じように50年代の人からすれば、現代の倍速視聴論争は理解不可能かもしれない。

 ある女優さんが「最近の人は早送りで映画を観ちゃうでしょう。だから私たちも初めから2倍速とか3倍速で喋ろうかしら」と言っていた。非常に的を射た発言だと思う。それは小津安二郎の「東京物語」や、黒澤明の「七人の侍」を2倍速で視聴すればわかる。役者が元から早口の上、時に滑舌も悪いので、とっさに内容を理解するのが難しい。

 同様にまさに今、好評を博している「トップガン マーヴェリック」を2倍速で観たいと思う人は少ないだろう。テンポがよくて情報量が多いから、元々倍速視聴のようなものだ。

 そもそも本の世界では、速読は憧れの対象でこそあれ、あまり批判されない。このエッセイも速読・流し読み可です(当たり前だ)。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2022年7月7日号掲載

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