「保険を掛けない」藤井聡太棋聖の強さ 永瀬王座相手に棋聖防衛へあと1局
「保険を掛けない」藤井将棋
本局の終盤、優勢に進めていた藤井にとって、王手を続けて詰ませなくては負けるといった局面ではなかった。それであれば普通ならば、入玉しようとしている自身の玉を脅かしている相手の「6三」にある金を桂馬が成り込んで取っ払ってしまう「安全策」を取るであろうという局面があった。しかし藤井はそうはせず、、「4三桂成」で王手とし、永瀬の玉を「詰め」に行ったのだ。優勢とはいえ相手の「6三金」が自玉の前に残っている限り、藤井が間違えば一挙に逆転しかねない。永瀬の玉も詰ませるには手数もかかる。よほど読みが正確でなければ怖くてできない芸当だ。
AbemaTVで解説していた先崎学九段は、「普通は保険を掛けます。私なら6三桂成ですけどね。すごい。さすがですね。安全を選ばない。保険を掛けない」と感心した様子で藤井を評価していた。
そして145手目の藤井の「4七銀打ち」の王手を見た永瀬が投了した。玉を追い詰める過程で藤井が金を「タダ捨て」した「3五金」について、先崎は「あらゆる王手が詰みですが、一番、美しい手ですね」と再び感心していた。
藤井が中盤、永瀬に上から攻められた時、玉が下段に逃げずに上方に逃げ、入玉を狙ったことも勝因の一つだった。入玉とは、相手陣の中にまで玉が逃げていくこと。相手方は入玉されるとなかなかその玉を詰ませることが難しくなる。「護衛役」の歩も敵陣に入れば強力な「と金」になってしまう。敵陣の金や銀が出払った後だと、動きの方向が限られる桂馬や香車などを玉が食って相手の玉が「住み着いて」しまう。基本的に将棋の駒の動きは「前進」が中心なので、自陣の懐深くに相手玉が入りこまれてしまうと王手がかけにくい状況になるのだ。とはいえ、入玉にはかなり危険もある。
藤井は「途中まで難局のところもあったんですけど、最後はこまめに横に逃げていって、少し合わせる形になったのかなあと思います」などと振り返っていた。
今回、馳せ参じられなかった筆者だが、過去、藤井に何度か会見で質問した経験から言うと、藤井は勝利した後、「相手のこの手に助けられた」といったようなことを決して口にしない。棋士全般に言えるかもしれないが、敗者に気を遣うのだろう。今回は違うが、相手の失着(新聞では「疑問手」と表現する)があるなと思うような時でも、藤井は「難しかったけど」とか「わからなかったけど」などと言う。
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