「前田会長の改革はNHKを壊す」…職員有志の告発が視聴者の共感を呼ばない理由

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〈私たち職員は、以前のような取材や番組制作への意欲を持つことができない状況に追い込まれ、人心は荒廃し、職場には重苦しい雰囲気が漂っています――〉NHKの一部職員たちからのこんな“告発”が掲載されたのは、文藝春秋6月号の誌面だった。「スリムで強靭なNHK」へと改革を進めるNHK前田晃伸会長(77)の手法を批判する主旨だ。

 記事中にある〈紅白歌合戦も打ち切りになる方向〉という点をめぐり、前田会長が「全くの虚偽」と否定するなど、波紋を呼んだこの告発。「元記者が証言するNHK報道の裏側―NHK受信料は半額にすべき」(展転社)の著書がある大和大介氏は、この記事を“居心地の良かった時代を知る職員たちが書いた”ものではないかと分析する。

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 私がNHKを辞めたのは2020年の8月。前田会長の就任は同年1月のことだ。文藝春秋6月号に掲載された職員有志一同による「前田会長よ、NHKを壊すな」には共感できる部分もあるが、違和感の方が大きかった。一言でいうと都合の悪いことの責任を前田会長に押しつけている感が否めず、受信料削減や職員の高待遇といった一般視聴者が求める問題点には全く触れていない。NHK内部でも「恵まれた時代を知る守旧派が書いたのではないか」などと予想外に冷ややかな反応が多いらしく、WEB上でも共感より批判の方が多い。視聴者の意識とは乖離していると言わざるを得ない。

 また、改革の一環で打ち切りとなった「ガッテン!」の担当者が突然退職したというなら前田体制の影響と言えるだろうが、告発で触れられているのは〈将来を嘱望されていた女性記者が、今の状況に嫌気がさしてヤフーに転職してしまいました〉という事例だ。前田体制を1職員の退職理由に結びつける点は腑に落ちない。息苦しさはあってもNHKの現場記者なら体制と関係なくできる仕事が相当あるはずだ。実際に退職者が急激に増えているなら数字で示してはどうかと思う。

 記事の冒頭には「前田会長のもとでは未来が描けないと、仲間が次々とNHKを辞めている」という下りがある。私がNHKに在籍していたときも辞めていく職員は毎年のようにいた。昔からのNHKの体質に嫌気が差したとか、上司との人間関係、希望する業務に就けないといった様々な要因があった。私自身、一部管理職の無責任体質のひどさに辟易したのが早期退職の動機の1つだった(もっとも私は優秀な職員ではなかったので有志職員の眼中にはないだろうが)。また、地方局でデスクを務めていたときに、複数の後輩から「辞めたい」と相談を受けたことがあるが、私の動機に近かったと思う。前田会長の就任とは関係なく、こうした「無責任体質」はNHKに存在する。

 これを踏まえれば、「誤報やお詫び訂正の数が圧倒的に増えた」責任をリストラなどに転嫁していることも疑問だ。これこそ現場をチェックする管理職が最も責任を負うべき問題だ。私が最後に務めていた部署は、「字幕スーパー」も発注するテレビの制作部門で、時折「お詫び」を出してしまうケースがあったが、客観的に見て大半は現場管理職が責任を負うべき事例だった。例えば放送直前まで場当たり的に「やっぱりタイトル文字を変えよう」などと指示を二転三転させた結果、混乱して訂正につながった場面を何度も目にした。「朝令暮改どころか朝礼朝改ですね」とはある同僚のつぶやきだ。

 私が直接体験した事例では、字幕スーパーの文字まで指定されて発注したケースで、放送後に文言の誤りが発覚し、「大変なことをしてくれましたね」と上司から責任を追及されたことがあった。もちろん真っ当な上司もいたが、このレベルの幹部が数十人を束ねる部門のトップにいるのがNHKの実態だ。「ねつ造番組だ」と問題になった番組「河瀬直美が見つめた東京五輪」でも、本来、新設した「コンテンツセンター」なる部署より、通常の番組同様、チェックした番組責任者の対応が問われるべき事例ではないか。

 今回の告発で気になったのは、職員有志一同に50代後半までの職員が含まれていることだ。50代後半なら相応のポストにいる職員だろう。まさに真面目な職員が嫌気をさす職場をつくった責任の一端を負う立場にあるのではないか。

「派閥争い的な空気も感じる」

 ただ、前田会長が進める改革で現場が相当混乱していることは事実だ。告発について複数の現役職員に聞いてみた。「よく書いてくれた」との声が大きいかと思いきや、意外と内部の反応は冷ややかなようだ。「居心地のよかった古き良き時代を知る『守旧派』の職員が書いたのではないか」「派閥争い的な空気も感じる」といった反応もあった。

 針小棒大な内容もあるようだ。告発には来年度から時給1200円で働くよう言い渡された50代職員の話が出てくる。これはひどい話だと思ったが、よく聞くと、パソナなどから1年程度、転職活動のサポートを受けて、その間にスキルを磨いて適職を探すこともできる制度らしい。今や定年後も関連会社で一定の給料を保証してくれる会社など少ないのではないか。時給1200円は低すぎるが、むしろ中高年の職員は退職後も見据えてNHK以外でも通用するスキルを身につけるべき時代になったと受け止めるべきではないか。

 また、50~56歳を対象にした早期退職者の募集もNHKに限ったことではなく、民放でも行われている。NHKではバブル採用組の50代の職員が多く、リストラの対象になってしまう面はやむを得ないだろう。むしろ50前後以上の職員は今の若い職員よりはるかに待遇面で恵まれた時代を過ごしている。NHKへの風当たりが強まる中、嘆いても共感を得るのは難しいのではないか。

 さらに視聴者の意識から乖離していると感じるのが、前田会長が進める「コストカット」への批判だ。BS1とBSプレミアムを統合することを問題視しているが、一般視聴者が受信料を維持してBS二波を維持してほしいと考えていると思っているのだろうか。現場のディレクターが良質の番組を制作しているのは事実だが、その力を地上波の番組で発揮すればいい話ではないか。BSでないといい番組が作れない理由があるのだろうか。

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