PTA「地獄の委員決め」を消滅させた学校 「強制ではなく、やりたい人ができる時に」

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 新型コロナで中止されていた卒業式や入学式、運動会や修学旅行など、さまざまな学校行事が、感染対策を講じながら、ようやく少しずつ復活してきている。そんな中、多くの保護者がため息をつく「復活」もある。PTAだ。「コロナ中はほとんど活動がなかったから、“委員決め”では立候補者も出るくらいだったのに、今年は誰も手を挙げなくて……」とため息をつく保護者もいる。何かと議論になるPTAについて、コロナ前後のあり方をレポートする。

コロナ禍には委員に“立候補者”が続出

「今年の保護者会はコロナ以前に戻っていて、驚きました」

 東京都内の公立小学校に子どもが通っている会社員の永田涼子さん(仮・48)は、こう呟いた。コロナ前のように、体育館に集められて保護者会が開催され、その後、クラスごとに分けられて「学級代表委員」や「広報委員」「文化委員」など、決められた委員や各手伝いが決まるまで、帰れなかったのだという。

「コロナ中はそうした大規模な保護者会は開かれていませんでした。でも、PTAの委員決め自体は立候補する人が多くて、大人気だったんです。何しろ何も活動がないと分かっていましたから。昨年、委員になれた方には『おめでとう!』って皆が声をかけていましたね。うちの小学校は子ども1人につき、1回は委員をやるのがノルマですから」

 と永田さんは苦笑する。

「それが今年度は、なかなか決まらないクラスが多くて。コロナ以前にやってた、夏祭りなどのPTA行事が、一部復活するかもしれないのだそうです。そうした行事をどこまでやるのか、活動内容も未定だし、新委員を決めるのは前年度の委員か本部の方なんですが、コロナ以前の活動については知らないそうで『何をどうやるのか、私もわかりません』って感じで、そんなんじゃ、次にやりますって言いづらいですよね」

 それで、つい引き受けてしまったという。

「もう後悔しています(笑)。平日の運営委員会は、対面に戻すっていうんです。コロナ中はリモートだったのに。行事も含めて、学校側も正直、迷惑だと思うんですが……PTA役員決めが行われた保護者会については、学校や教育委員会に、後で苦情が複数、寄せられたそうです。まだまだ感染リスクが高いのに非常識だって。そりゃそうですよね。家に高齢者がいるご家庭もありますし、いらしていた保護者の中には看護師さんなど、医療関係の方もいらっしゃいましたから…」

 コロナ禍を機に、進んだはずの「改革」がいつの間にか逆戻り……企業などでよく聞くパターンが、PTAでも展開しているということだろうか。PTAの旧態依然とした体質に嫌気がさしている人は絶望を感じているかもしれない。本当に子供のためになるのなら厭わないが、PTA関連では昔ながらのナゾの慣習、決まりごとが多すぎると感じている親たちは多いようだ。

 PTAの不合理なシステムを打ち破り、変革することはできないのだろうか。

 PTAの知られざる実態について、ノンフィクション作家の黒川祥子さんの徹底取材に基づく著書『PTA不要論』には、伝統を打ち破り改革を成し遂げた実例が紹介されている。「委員会の廃止」などの改革を一体どのようなプロセスを経て実現させたのか。その実例を紹介する。(以下同書より抜粋、一部編集)

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「保護者を軟禁して役員決め」を消滅させた小学校

 高2と中2の子を持つ久保環さん(46、仮名)は、東京23区北部の小学校でPTA会長になった年に各委員会を廃止し、「恐怖の保護者会」を一掃した。

 環さんは本部役員を3年経験した後、会長を引き受けることになったのだが、PTAに関わった当初から大きな疑問があった。

「まず感じたのは、みんながやらなきゃいけないという意識、これが変じゃないの?ということでした。委員会のために保護者を軟禁して役員を決め、全員が強制的に参加するというシステムってどうなんだろう、これってやめませんか?って……」

 軟禁してまで役員を決めておきながら、そもそも、活動自体が何のためにやるのかが分からない。

「PTAって、子どものためと言いながら、子どもと一緒に楽しめる行事って少ないんです。やらなきゃいけないというプレッシャーばかりが大きく、なのに、それが何のためにやらなきゃいけないのかが分からない。これじゃ、誰もやりたくないですよ。学校側の立ち位置も微妙で、地域の目ばかり気にしている印象でした」

 環さんが本部役員になった当初、本部は「きっちりやらなきゃ派」と、「そうじゃない派」に二分されていた。

「きっちり派は、『私がこれだけやってるんだから、みんなもやらなきゃダメじゃない!』ってなっちゃうんですよ。私はやれる人がやれる時にやればいいし、各自、得意不得意があるのだから、得意な部分で関わればいいと思うんです」

 環さんが会長になる年は、本部にいた「きっちり派」の前例踏襲組がごっそり、卒業で抜けて行くことがわかっていた。

 今がチャンスだ。環さんと同じように改革を考えていた本部役員がチームとなって、前年の秋の終わり頃から水面下で準備を始めた。準備期間は3~4カ月。

 改革チームが目指したのは、各クラスの役員は連絡係として学級代表の1名のみとし、委員会はすべて廃止することだった。組織自体を変えるのだ。その代わりに本部役員を倍の20人程度に増やし、イベントごとの統括係とし、そこに一般会員が手伝いという形で加わる。強制ではなく、できる人ができるイベントにだけ関わる。

会員の“不満”を知るために「アンケート」を実施

 そのために、まず会員へのアンケートを実施した。現状のPTA活動にどのような不満があるのか、どうしてほしいのかを確認した上で、最終的に「委員会廃止」という結論に着地した。

「ラッキーなことに、同じ認識の人たちがメンバーとして集まってくれました。チームがあって、できたことです。実行力があったり、アイデア豊富な人がいたり、リーダーシップのある人もいて……、チームワークがよかったですね。改革に賛同していない人も巻き込もうと、改革をやりたい人だけで固まらないようにも気を付けました」

 学校側には年度末に、大まかな方針を文書にして伝えた。子どものための改革であることを強調したことで、改革の了承を得た。

 環さんは言う。

「大まかに、ざっくりと伝えたことがポイントです。新年度になって校長先生に、『地域のつながりを大事にしろ』とか、1時間ぐらい説教されるなんてのはしょっちゅうでした。学校側も実際、慌てたみたいです。でも、そういう不満は聞き流していましたね」

 新年度になり、保護者への説明会を開催し、書面でも今年度から委員会を廃止し、役員は各クラス1名でいいことを伝えた。それは、保護者を軟禁しての役員決めが消滅したことを意味した。環さんは言う。

「PTAの会則は一定数の賛同者がいれば、いじれます。委任状をとり、総会で決議を出して承認されました。ですので、組織自体は1回の総会で変えることができました」

広報誌も廃止

 委員会を無くしたので、これまで月に1回開催していた、本部と各委員会の正副が出席する「運営委員会」も無くなった。学期に1度、集まれる役員だけでの茶話会に変えた。広報誌も廃止した。学校行事をいちいち追ったものではなく、PTA行事だけを載せる簡易なものを作ると学校側に伝え、了承を得た。

「続けたいと声が上がったものは残しました。夕方のパトロールに運動会の自転車整理、ベルマークも希望者がいたので残しました。それも強制ではなく、やりたい人たちが無理なく集まってやっています」

 最初の1年はシステムを変えたことで混乱が生じ、とにかく大変だったという。月1どころか、環さんは頻繁に学校へ通うこととなった。当時はフルタイム勤務でなかったのでやりきれたと環さん。

PTAを変革した学校に入学者が急増

「変えていく時って大変ですけど、考えて、実行していくわけですから、そういうエネルギーがあったと思います。私の後ろには協力してくれる人がたくさんいました。『どう思う?』と聞くと、おとなしい方も堰を切ったように案をおっしゃってくれました。皆さんが決めてくれたんです。私は対外的に前に出ていただけ。結局、私は会長を3年やりました。広げた風呂敷が大きすぎて、畳みきれなくなって(笑)。今、元に戻そうという動きがあるとは聞いていません」

 環さんたちの改革の目標は、子どもたちの役に立って、子どもはもちろん、親たちもやりがいを感じて楽しめるような組織を作ることだった。環さんはきっぱり言う。

「私はPTAに入らない、会費を払わない人がいてもいいと思うんです。マンパワーは出せないけど、お金だけは出すというのもアリだと思う。なのに、『全員、皆、平等に』とか、『入らなければ、卒業式で紅白まんじゅうがもらえませんよ』とか、脅かしたりするでしょう? 入ってない家庭の子にも出してあげていいじゃないって思いますよ」

 強制ではなく、やりたい人ができる時に、やれる方法で子どものためになる、意味が見いだせる活動に関わる。これが、環さんたちが成し遂げた改革だった。

 環さんが会長を務めた小学校は、この少子化のご時世に、入学する子どもの数がどんどん増えているという。他は入学者が減っているというのに。

「それって、面倒極まりない、今までのPTAがないからだよね」

 環さんたちは冗談まじりに、そう言って笑っている。

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「こんなはずじゃなかった」「PTAをやめたい」と今のPTA活動に疑問を持ち、変えたい思いがあってもどう行動すればいいかがわからない方にとっては、ヒントとなる成功事例といえそうだ。

 コロナ禍のさまざまな制限の中で「本当に大切なものは何か」を見極める目が磨かれ、「“前年通り”をやめても問題なかった」と気付く人が増えているのならば、今こそ変革のタイミングなのかもしれない。

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『PTA不要論』より一部を抜粋して構成。

デイリー新潮編集部