早くも米日とすれ違う尹錫悦外交 未だに李朝の世界観に生きる韓国人の勘違い

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「国民情緒」では説得できぬ

――米韓の間の意識ギャップはいつから表面化したのですか?

鈴置:韓国がG20の創設メンバーになった、李明博(イ・ミョンバク)政権(2008年2月―2013年2月)辺りからです。

 2012年2月から翌年5月まで――同政権末期に駐米大使を務めた崔英鎮(チェ・ヨンジン)氏が退任にあたって中央日報に語った発言が興味深い。「『朴槿恵大統領は人たらし』米国人はオバマを呼ぶように愛称」(2013年5月30日、韓国語版)から引用します。

・(「米国の交渉相手と会う際に最も注意を払ったのは何か」との質問に)国民情緒に基づく話はうまく伝わらない。米国人たちは国益を土台に接近する。国益を話さねば、韓国の国民情緒からいってできないと言っても理解されない。

 韓国は米国側の国なのだから、国民情緒を持ちだしても――甘えても聞いて貰えるとの発想で崔英鎮氏は対米交渉にあたっていたのです。駐米大使という韓国外交界で頂点を極めた人でさえ、「国民情緒」が説得の武器になると考えていた……。韓国のお国柄が知れます。

 韓国は昔から外交交渉の席で平気で「国民感情」を持ちだしました。米国や日本は子供扱いしていたので、韓国の言い分は聞き流し、できることは応じていた。

 そのため韓国はこの説得方法が有効と勘違いし、使い続けてきた。しかし、韓国が大人になってもまだ、そんな甘えを言ってくるので米国も厳しく対応するようになったのです。

日本にも甘え

――「もう、甘えは通用しない」と韓国も認識したでしょうか?

鈴置:していないと思います。崔英鎮氏は帰国後、延世大学の特任教授に就任しました。2014年4月17日に講演で以下のように述べました。中央日報の「中国を圧迫するため米日と協力してはいけない」(2014年4月18日、韓国語版)から発言を拾います。

・韓米日の協力の裏面に中国を包囲しようとの意図があるのなら、韓国は参加できぬとの意思を明確にせねばならない。
・韓米同盟と韓中協力を共に実現すべきであり、[遠交]近攻外交は原則的にしてはいけない。

「中国包囲網に加わらない」と選択するのは韓国の自由です。ただその際、中国と対立を深める米国に「同盟を維持し、守り続けてくれ」と頼むのは甘えです。同盟を「ギヴ・アンド・テーク」の関係ではなく「冊封」と見なしている証拠です。

 李朝以来、いや、新羅以来1000年以上に亘って中国大陸の王朝に朝貢してきた韓国人。外交感覚はそんなに簡単に変わらないということでしょう。

 韓国人は日本に対しても未だに甘えを見せます。最近の例で言えば、次期政権が日本に送った政策協議代表団です。韓国メディアには「仲良くしてやろうと我々が手を差し伸べたのだから、日本は譲歩すべきだ」という論調が目立ちました。

 背景には「我が国が日本側に近づくだけで、日本は大喜びするはずだ」との錯覚がある。「信頼できない国にすり寄られても迷惑だ」と多くの日本人が考えているとは、思いもよらないのです。

いざとなれば中国側に戻ればよい

――では、5月21日の米韓首脳会談はどうなるのでしょう?

鈴置:バイデン大統領はこの機会に尹錫悦大統領の韓国が本当に米国回帰するハラなのか、見極めると思います。踏み絵は縷々説明しているように、中国から殴られてもQuadに加盟する覚悟があるのかです。

 在韓米軍のTHAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)基地に対する「市民団体」の妨害を取り締まるかも、試金石とする可能性があります。

 米国はこの妨害にほとほと困っていますし、「韓国の裏切り」の象徴でもあります(「『米国回帰』を掲げながら『従中』を続ける尹錫悦 日米韓の共同軍事訓練を拒否」参照)。

――「米韓のすれ違い」は首脳会談で解消できるでしょうか?

鈴置:予測できません。ただ、容易なことではない。韓国は中国から激しく脅されているからです。4月28日の中国外交部の定例会見で、バイデン大統領の韓日訪問などについてコメントを求められた報道官は「Quadは冷戦の遺物である」とばっさり切り捨てました。

 中国共産党の対外宣伝メディア、Global Timesも「Quadに加盟したらただではすまないぞ」と韓国を威嚇するのに余念がありません。もちろん韓国人は首をすくめて中国を眺めています。

 それに韓国にはいざとなれば、中国側に寝返るという手がある。朝鮮半島の王朝は1000年以上に亘って中国大陸の王朝の属国だった。昔に戻るだけなのです。

 中国大陸で王朝が明から清に交代した時、李朝は明に義理立てし清には従いませんでした。怒った清は朝鮮半島に攻め込みました。韓国では「丙子胡乱」(1636-1637年)と呼んでいます。

 完敗した李朝は「三田渡の盟約」(1637年)で清の属国になることを誓わされました。現代の韓国人は屈辱の歴史と見なしますが、清の冊封体制の下で李朝は生き延びたのです。消滅した明に密かに忠誠を誓う王もいましたが、清の文明を取り込むことで発展を期した指導層もありました。

 そんな記憶を持つ韓国人は苦しい立場に立ってまで、中国に立ち向かおうとは考えません。ここが日本人と基本的に異なる点です。これを見落としてはならないのです。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

デイリー新潮編集部

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