野村克也、知られざる「空白の3年」に迫る 「あの頃が一番楽しかった」と語った理由とは

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天性だけの選手に魅力はない

 キャンプ等のミーティングではプロ時代から有名な自作のテキスト「ノムラの考え」をもとに、徹底的に自身の野球論を語った。そのかなりの部分は技術論というよりも人間学の類である。

「我々の一日の中心軸は『仕事』です。仕事なくして人生は考えられません。我々の仕事は、結果至上主義の世界です。『いい仕事をする』『いい結果を出す』ためには、技術だけを磨こうという取り組み方だけでは、上達や進歩、成長は大して望めません」

「真の難しさを体験して通過しない限り、本物や一流にはなれません。仕事は元来厳しいものです。血へどを吐くほど心身を鍛え、いい結果を出すために苦悩し、そこからはい上がった者こそ本物の一流なのです。チームの鑑となり、人間味を感じる人間であってほしいものです。努力らしい努力をせず、天性だけでいい成績を残している選手なんて、魅力もないし、チームにとっても有り難くありません」

 いかにも野村らしい訓話を、猛練習の後、夕食を終えて睡魔が忍び寄る時間帯であっても選手たちはみな前のめりになって聞き入り、必死にメモを取った。

「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すを上とす」

 現在、日本ハムの投手コーチを務める武田勝の証言は興味深い。

「野村さんはホワイトボードに書きながら、『ノムラの考え』の冒頭の『人間とは』という講義をしてくれたんですけど、結局『人間とは』で2週間のキャンプが終わっちゃったんですよ。あれ、『投手編』はやらないのかな、と思ったら『そこから先は自分で目を通しておいて下さい』って(笑)」

 これまで経験したことのない野球に出合いたい。上手くなりたい。そう願う男たちは野球少年のように野村の教えを渇望していった。老いてなお、人に求められるのは人生において何よりも幸福なことである。アマチュア選手の強く熱いまなざしこそが、野村を本気にした。その教えを受けたナインたちは現在、高校、大学、社会人などの指導者として、自身が学んだ「ノムラの考え」を若き野球人へと伝えている。

「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すを上とす」。生前の野村が口癖のように話していた言葉だが、まさにアマチュア野球界へと「人を遺した」価値ある3年間だと断言できる。

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