日本のホスピタリティーをチャットボットに埋め込んで――綱川明美(ビースポーク社長)【佐藤優の頂上対決】

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 空港や駅、ホテルなどで生じる旅行者のさまざまな問い合わせに、AIを使って「多言語自動応対」で答える仕組みを作り上げたビースポーク。旅行の穴場サイトから始まった同社は5年ほどで世界中から注目を浴びるに至ったが、そのサービスの核心にあったのは、日本ならではの「丁寧な受け答え」だった。

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佐藤 綱川さんは、岸田政権がデジタル化や規制改革を推進するために設置した「デジタル臨時行政調査会」の最年少メンバーですね。

綱川 スタートアップの経営者が、総理が会長を務める公式の会議へ招かれるようになったことに、たいへん驚いています。

佐藤 この対談には、その「デジタル臨調」に名前を連ねるフューチャーの金丸恭文会長兼社長や、DeNAの南場智子会長にも、ご登場いただきました。

綱川 そうでしたか。そうしたIT業界の重鎮の方々に交じり、意味のある発言をしていけるよう頑張りたいです。

佐藤 綱川さんは、ホテルや空港、駅などでの訪日外国人のさまざまな問い合わせに、多言語で自動的に応対する「チャットボット」を開発、事業化したことで注目されました。さらに最近では、自治体の事務のデジタル化も手掛けられている。

綱川 たまたまといいますか、もう行き当たりばったりで、ここまできた感じです。

佐藤 もともと何から始められたのですか。

綱川 旅行の穴場サイトでした。2015年の夏休みに一人で非英語圏に旅行したのですが、ローカルの言語を話せないので、地元の人が行くようなところに、なかなかアクセスできなかったんですね。それが残念で、帰国して妹とランチをしながら、その話をしている時、「じゃあ、自分で作ってみたらどうだろう」と思ったんです。

佐藤 ガイド本には載っていない情報に特化したサイトを作ろうとした。

綱川 ええ、いわば旅行サイト「トリップアドバイザー」の穴場版です。まず日本を舞台に小さく作ろうと考えたんです。そんなにハードルが高くないだろうと。

佐藤 それは日本に来る外国人のためのものですね。

綱川 はい。15年段階では、現地のニッチな穴場情報を提供するサイトはまだほとんどありませんでした。ですからメディアにたくさん取り上げてもらい、ユーザーも数多く流入してきました。でもすぐに使われなくなり、1日のアクセス数が5人とかになってしまったんですよ。

佐藤 広く認知される前に萎んでしまった。

綱川 何が問題なのか、と考えてみると、誰がいつ、日本のどこに何日間行くのか、という情報を持っていないことなんですね。じゃあその情報はどこにあるのか。最初に見つけたのは「カウチサーフィン」というサイトです。「エアビー・アンド・ビー」の無料版のようなサービスで、ここには「来週、日本に1週間行くよ、誰か泊めてくれない」といった書き込みがけっこうあったんです。だいたい1日に多くて1500人くらいが書き込んでいた。

佐藤 その人たちを自分たちのサイトに誘導すればいい。

綱川 そうです。そこに私たちのサイトのアドレスをコピペして貼り、「日本にいる間にぜひご案内をさせてください」と書き込んで誘導したんです。当時は私を含め3人でしたが、最初の数カ月はひたすら毎日コピペで誘導でしたね。

佐藤 非常に手間のかかる作業からスタートしたのですね。

綱川 ただ、たくさんアカウントを作ってアクセスし、リンクを貼っていたら、どんどんIPアドレスが使えなくなっていったんですよ。もう出会い系のサクラみたいな誘導でしたから、ブロックされた(笑)。そこで次はマッチングアプリの「ティンダー」に移って、同じことをやりました。他にもURLを書いたカードを渋谷や六本木で外国人に配った。ものすごく泥臭いやり方でしたね。

佐藤 それはもう好きじゃないとできないレベルでしょう。

綱川 そうですね。続けてユーザーインタビューをたくさんやりました。毎日知らない旅行者を6人、7人、遊びに連れて行くと言いながら、実はユーザーインタビューだった。

佐藤 実際に案内したのですね。

綱川 はい。すると、みんな観光の穴場よりも、まず困っていることがあったんですよ。日本語ができないので代わりに〇〇を手配してほしいというような依頼がすごく多かった。しかも明日とか明後日じゃなくて「いますぐ」してほしい。

佐藤 旅行者は、時間が限られていますから。

綱川 それならお願いごとを聞くことでお金がもらえないかと考えたんです。そのためには大勢をさばく必要があるので、それはチャットかなと思いました。そこでまずテストを兼ねて、私個人のSMS(ショートメッセージ)の番号をみんなにバラまいてもらった。そうしたら、すごい数の連絡がきた。

佐藤 ご自身のアカウントを使った。

綱川 ええ、大量に私のスマホにお願いが来るから、すぐにパンク状態になりました。しかも英語だけでなく、ロシア語や韓国語もあった。そこで「これ、自動化できないかな」と呟いたら、新しく入ったエンジニアが「あ、俺、それやったことあるよ。『チャットボット』と言うんだよ」と返してきた。検索すると、名前の通りチャットとロボットがくっついたものと知りました。

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