ウクライナ侵攻反対の野党指導者は暗殺 プーチンの恐怖による支配の実態

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 プーチン大統領が最長で2036年まで大統領を務めることが可能だということはよく伝えられている。従って彼の暴走を止めるのは少なくとも時間ではないことになる。

 選挙によって国民が審判を下せばよい、というのはあくまでも民主主義国家の国民の発想であって、ロシアではそれは容易なことではない。野党が与党を追及する、などということも期待できない。

 すでにウクライナ侵攻に反対した野党指導者は不審な死を遂げている。大統領の長期政権を認める憲法改正についての国民投票も決してフェアとはいえない環境で行われた。

 このような状況で声を上げるのは命がけの行動となる。

 ロシア国内はどのような恐怖によって支配されているのか。テレビのニュース解説でもおなじみの中村逸郎筑波大学教授の著書『ロシアを決して信じるな』から引用してみよう(以下、同書第7章「祖国を愛せないロシア人の悲哀」より抜粋)。

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政敵の暗殺事件

 ここで象徴的な事件に触れておきたい。

 2015年2月に起こった野党指導者ボリース・ネムツォーフ氏の殺害である。かれはソ連崩壊後のロシア改革を唱えるリーダーであり、エリツィン元大統領の政権下で副首相を務めた。ポスト・エリツィンの指導者に名前があがるほどの人気者であった。

 2000年にプーチン政権が発足すると、ネムツォーフ氏の言動はロシア保安当局から本格的にマークされるようになった。かれは身を守るためにプーチン支持を表明したが、市民の自由が制限されることを危惧していた。

 段階的に反プーチンの行動を拡大し、野党勢力の街頭集会を主催したり、2011年12月のロシア連邦下院選挙の結果に強く抗議したりした。この下院選挙では票の水増しなどの大規模な不正が暴かれ、抗議活動は3カ月後に実施されるロシア大統領選に、いわば警告を発したのである。プーチン氏が出馬を目論(もくろ)むなかで、ネムツォーフ氏はロシア保安当局から追い込まれることになった。

 ネムツォーフ氏に対するプーチン政権の忍耐は、2014年に限界を超えた。かれはクリミア併合を強く非難し、さらに2015年2月には、親ロシア派勢力が牛耳るウクライナ東部にロシアは軍事支援していると声を荒らげた。

 かれ自身、ロシア軍侵攻の秘密情報を入手したことをほのめかし、状況は一気に緊迫した。欧米派を自認し、プーチン氏と真っ向から対立するウクライナのポロシェーンコ大統領は、ロシアの干渉を強く非難しており、プーチン政権にとってネムツォーフ氏はウクライナ政権を支援する裏切り者となったのだ。

 ロシア政府は表向き、ロシア軍の侵攻を否定し、個人の判断で、いわばボランティアとして義勇兵がウクライナ東部で活動しているにすぎないと発表した。ロシアは民主国家であり、私的な行動を制限することはできないといわんばかりであった。

 ネムツォーフ氏は2015年2月27日の深夜、クレムリンに隣接する橋を歩いているとき、背中から銃弾4発を浴びた。その2日後の3月1日、かれはロシア軍のウクライナ侵攻に反対する大規模な集会の開催を予定していた。殺害の容疑者についてロシア大統領府は調査を表明したものの、犯行の全容は今日にいたっても明らかにされていない。主要メディアは事件を報道するが、真実を解明しない。

 ネムツォーフ氏の殺害でわかったのは、ロシア領土の拡大をはかるプーチン政権を批判するのは危険なことだということである。ロシアを愛さないのは犯罪者になるどころか、命の危険にさらされてしまう。

プーチン氏は終身大統領

 2000年以降、最高指導者として君臨するプーチン氏は一般民衆の言動にも疑心暗鬼(ぎしんあんき)となっている。2020年7月1日に実施されたロシア憲法改正の国民投票は、民衆にとってプーチン氏への忠誠心を問う踏み絵と映ったようだ。プーチン政権は、投票を監視することで有権者の政治姿勢を探ろうとした。

 憲法改正の内容をあらかじめ説明しておくならば、大統領の任期は通算2期、12年とされた(第81条の改正案)。つまり、一人が大統領を務めることができるのは、最大12年であり、中断の時期をはさんでも3期目の就任は認められないとされた。

 一見、長期政権に歯止めがかかりそうに思えるのだが、問題は憲法改正の効力が生じた時点の現職大統領には、新しい任期の規定が適用されないと記されていることである。つまり、プーチン氏のこれまでの任期は計算に入らないという仕掛けが施されており、最長で2036年まで務めることができるようになる。実質、終身大統領への道が開けるのだ。プーチン氏は2012年に大統領に就任しており、本来、改正前の憲法では2期12年で迎える2024年の大統領選には立候補できないはずであった(連続3選禁止)。

 さらに憲法改正で注目されるのは、プーチン氏の神格化が本格化し、その支配に対して揺るぎのない正当性が付与された点である。ロシアは先祖が育んできた神への信仰で形成され、そして発展していく国家であると明文化された(第67条)。プーチン氏が率いるロシアは神の国と位置づけられ、今後はより保守的な色彩の濃厚な国家体制が形成される。ロシア人は、もはや「ロシアを愛するのは罪なこと」と安易に話すことはできなくなりそうだ。というのも、祖国は神の国になるのだから。

 話を憲法改正を問う「全ロシア投票」の様子に移そう。公式発表では77.9%の賛成で改正が承認されたが、わたしの友人が7月1日の投票所の様子を撮影し、メールで送ってきてくれた。新型コロナの新規感染者数がモスクワ市内だけでも日に5千人ほどに達する状況下での投票になり、選挙管理委員が受け付けと同時に、有権者にマスクと手袋、投票用紙に賛否を記入するための使い捨てのボールペンを渡した。

 友人からの写真を見て驚いたのは、投票箱が透明なアクリル樹脂で作られていることである。箱のなかが丸見えなのだ。投票用紙はB4のサイズであり、遠目にも賛否の「レ点」を入れる箇所が一目瞭然(いちもくりょうぜん)である。選挙管理委員は学校教師や医師などが務めており、有権者の顔と名前をふだんからよく知っている。だれが反対票を投じたのか、すぐにわかるのである。

 いわば、投票が公開裁判の様相を呈しているのだ。

 しかも、有権者が投票の秘密を守るために投票用紙を折って入れることすらできない。投入口は細長くてとても狭く、折りたたむと入らないからだ。それでも折って投票すると、その場で反対票を投じたことが疑われてしまう。

 ロシアでは現在、無許可の集会に参加すると、30万ルーブル(約60万円)の罰金が科せられる。2012年6月の連邦議会で法案が採択され、従来の最大5千ルーブル(約1万円)から一気に引き上げられた。実質的に、反プーチン集会は封じられてしまっている。

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ロシアを決して信じるな』には、中村教授の友人のこんな言葉も紹介されている。

「ロシアを愛するのは罪なことですが、でもロシアを愛さないと犯罪になるのです……。現実のロシア社会はあまりにも理想からかけ離れており、惨憺(さんたん)たる現実にあきれ果てています。改善しようという気持ちも消え失せています。権力者はつねに、不満を募らせる民衆の言動を警戒しており、さまざまな方法で社会の動向を監視し、わたしたちに愛国精神をもつように強要しているのです」

 ウクライナ国民が命がけで闘うのは当然のことなのではないか。

デイリー新潮編集部

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