源氏物語は「処世術の実用書」、徒然草は「終活本」 古典文学の新しい楽しみ方とは

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奔放な性がうたわれる万葉集

 不倫叩きが正義とされる風潮が続くが、1300年前の日本では、老いも若きも色事に夢中だった。コロナ禍と相まって息苦しさ漂う今生にあって、「万葉集」の寛容さと奔放さに触れると、鬱屈も閉塞感もスッと晴れる。これぞ、至高の価値ある「エロ本」か。

 元号「令和」の典拠となって注目を浴びた「万葉集」。現存する最古の歌集であり、天皇から庶民まで幅広い詠み手と、生活に密着した詠み口で知られているが、その真髄はエロにある。

 そもそも日本は「古事記」「日本書紀」といった国史にも、“神のまぐわいによって国や神々が生まれた”と堂々と書かれるお国柄。感情を掻き立て、いのちを生み出し、人と人を結びつけるセックスは、政であり生であるがゆえに、昔の人は大切にして、歌にもうたっていたのである。「万葉集」のトップも雄略天皇のナンパ歌だ。訳すと、

“籠も最高ならスコップも最高だね。超絶おしゃれな籠とスコップ持って、この丘で菜を摘んでるそこの君、家はどこ? 名前を教えて。見てごらん、視界の限り、大和は俺が治める国さ。隅から隅まで俺の息がかかっているんだぜ。俺が教えてやるよ、家も名前もね”(巻第1)

 と、天皇が乙女を誘っている。相手はおそらく褒められ馴れている美女だ。容姿ではなく持ち物を褒めているところが心憎い。一見、新庄剛志のような俺様感満載でいながら、新庄が実は「知性派策士」との声があるように、知略で攻めている。ちなみに古代、実名を人に知られると呪詛に使われるなど悪用されたり、災いに見舞われたりすると考えられていたため、貴人や女性は名を秘していた。女が名を問われて答えたとしたら、身も心も相手に委ねる覚悟なわけで、つまりは結婚を承諾したも同然なのであるが、この歌に対する女の返答は記されていない。

遊女と結婚しようとする既婚者を説教する歌も

「万葉集」にはこんな歌もある。

〈しなが鳥 安房に継ぎたる 梓弓(あづさゆみ) 末の珠名(たまな)は 胸別(むなわけ)の 広き我妹(わぎも) 腰細(こしぼそ)の すがる娘子の その姿(かほ)の きらきらしきに 花の如 笑(ゑ)みて立てれば 玉桙(たまほこ)の 道行き人(びと)は 己(おの)が行く 道は行かずて 呼ばなくに 門(かど)に至りぬ さし並ぶ 隣の君は あらかじめ 己妻離れて 乞(こ)はなくに 鍵さへ奉(まつ)る 人皆の かく迷(まと)へれば うちしなひ 寄りてそ妹(いも)は たはれてありける〉(巻第9)

“千葉の南部の珠名は巨乳の女。腰のくびれたナイスバディのいい女。きらきらと輝く姿で、花のようにほほ笑んで立てば、道行く男は自分の行くべき道を行かず、呼んでもないのに門まで来る。隣のダンナはあらかじめ妻と別れて、求められてもいないのに家の鍵まで渡してしまう。皆がこんなに骨抜きになるので、女は体をくねらせ寄りかかり、みだらにしていたのだった”

 ナイスバディの女がモンロー・ウオークよろしく、きらきらと歩けば、男がふらふらとあとを付いていく……1300年近くも前にこんな歌がうたわれていたとは驚きだ。この女は遊女という説もあるが、当時の遊女の地位はすこぶる高い。

 赴任先の越中で知り合った遊女と結婚したいと言いだした既婚者である部下を大伴家持(おおとものやかもち)が説教した歌、そうこうするうち、奈良から部下の妻が早馬でやって来て町が大騒ぎになるという歌もある(以上、巻第18)。

 悲喜こもごもの人の営みがそのままうたわれているところが「万葉集」の魅力である。

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