「カラオケで本当に好きな曲が歌えなかった」 作家・君嶋彼方を変えた大学時代のサークルでの出会い

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好きな歌を臆せず歌える気持ちよさ

 2021年、小説野性時代新人賞を受賞し、『君の顔では泣けない』でデビューした作家の君嶋彼方さん。学生時代、夢中で聴いていたのは戸川純、筋肉少女帯……。周囲とは話が合わなかった彼の視界を広げたのは?

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「普段どういう音楽聴いてるの?」――苦手な質問のうちの一つである。

 この質問に対して、素直に好きなアーティストの名前を答えると、大抵の人の頭の上にははてなマークが浮かぶ。そしてそのまま気まずい沈黙が流れる。だからどうしても「わりと何でも幅広く聴くよ」なんていう無難な答えばかりいつも返してしまう。

 中高生時代は、森高千里(以下全て敬称略)と椎名林檎ばかり聴いていた。転換期となったのは、大学生の頃だ。音楽を一番耳にしていたのは、間違いなくその時期だった。

 大学に入ってから、戸川純と筋肉少女帯を聴くようになった。今でも大好きなアーティストである。しかし年代が噛み合わないこともあり、同世代で彼らを知っている人はほとんどいなかった。カラオケに行っても本当に好きな曲は歌えず、その年のはやりの曲でどうにかごまかしていた。その憂さを晴らすように一人でカラオケに足繁く通っていたが、当時いわゆるヒトカラという文化はあまり根付いておらず、行くには少し勇気が要った。

 しかし、所属していたサークルの人たちとカラオケに行ったとき、衝撃を受けた。同世代はほとんど知らないような、もっとはっきり言ってしまえば引かれてしまうような曲を、年代もはやりも関係なく、皆堂々と歌っていたのだ。小説を書いたり批評し合ったりする文芸サークルに所属していたのだが、やはり小説を書く人間というのは変わり者が多い(なんて書いたら怒られてしまうかもしれないが)。

 恐る恐る、いつも一人で歌っている曲を入れてみる。人の前では歌えないような「変わった曲」だ。けれど、それに対して引いたり揶揄したりする人は誰もいなかった。好きな歌を臆せず歌えるということはこんなにも気持ちいいものなのか、と一種の感動を覚えた。

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