大リーグ「グリンキー」の二刀流を触発したのは大谷翔平? “変わり者”が大谷にかけた言葉とは(小林信也)

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社会不安障害

 グリンキーは、現役最高のレジェンドのひとりであると同時に、数々の変わった行動でも知られている。

“社会不安障害”を患った経験があり、精神的に繊細なトラブルを抱えている。

 昨夏のパドレス戦では、89マイル(143キロ)の速球のあと53.5マイル(86キロ)の超スローボールを投げ、次に143キロの速球で三振に仕留めた。同じ試合の4回、ライトにヒットを打たれ1点差に迫られると、イニングの途中にもかかわらずマウンド整備を要求、自分は一度ベンチでのんびりした。マウンドに戻っても入念な整備が続いていると、グリンキーは両足を投げ出して座り、笑ってその様子を見つめた。長時間の中断も、グリンキーなら仕方がないとばかりファンは待ち続けた。

 捕手とのサインが決まらないと、マウンドから指でサインを出す姿もグリンキーの代名詞になっている。声に出して意思を伝えることもある。昨秋のポストシーズン、アスレチックスとの試合でも指でサインを出し、打者に見破られたのか3ランホームランを打たれた。さすがにこの時はファンから非難を浴びた。

 かつては強いチームで投げることに不安を抱えていたため、ロイヤルズ時代の契約書の中には、「2011年まで、ヤンキースやレッドソックスなど、15球団に対するトレード拒否条項」が含まれていたといわれる。だが、その後は「勝てるチームで投げたい」気持ちが強くなり、12年のオフにドジャースに移籍。ダイヤモンドバックスを経て19年途中から現在のアストロズに入った。

大谷最大の貢献とは

 大谷とグリンキーは今春4月23日、ファンをざわつかせる光景を見せた。先発したグリンキーから大谷は2本のヒットを打った。そして7回の第4打席、一塁ゴロに倒れてベンチに戻る大谷にグリンキーが声をかけたのだ。大谷は何事かと走る足を止め、耳を傾けた。この光景にファンは仰天した。何しろ他人との交流を好まず、チームメートとさえ話す機会の少ないグリンキーが、よりによって大谷に話しかけたのだ。試合後、「今日はいいバッティングだったねと話しただけだ」と彼が明かした。内容はその程度でも、いかにグリンキーが大谷にシンパシーを抱いているかを象徴する出来事だ。本当は自分が二刀流をやりたかった。それを実践してくれた大谷にエールを送ったのだ。

 大谷は今季数々の伝説を作り、MVPにも輝いた。加えて、“グリンキーをその気にさせた快挙”も大谷がもたらした大きな成果ではないか。大谷は、無垢な野球少年そのままに、野球の楽しさをメジャーで体現している。

 これは私の推察だが、グリンキーがメジャー随一の投手になったのになぜ精神的なトラブルを抱えることになったのか。その一因に“野球のつまらなさ”もあったのではないか。プロになると投手は打つ役割をほぼ奪われる。“投げて勝つことだけ”を宿命づけられる。メジャーの舞台に“投げて打って走る喜び”を蘇らせた、それこそが大谷最大の貢献ではなかったか。大谷の二刀流に熱狂したアメリカ、そしてグリンキーの代打安打に沸き上がったスタジアムの大歓声にもその喜びがあふれて見えた。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。「ナンバー」編集部等を経て独立。『長島茂雄 夢をかなえたホームラン』『高校野球が危ない!』など著書多数。

週刊新潮 2021年12月16日号掲載

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