親族からの結婚話を避けるには質問攻めにすればいい? 他人のライフヒストリーは意外と面白い(古市憲寿)

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 旅先では、タクシードライバーと長時間にわたって話すことがある。大抵の運転手は水を向けると、積極的に身の上話を語り出す。

 というか、運転手に限らず、会話に詰まった時は、ライフヒストリーを聞いていくと、大抵の人は喜んでくれる。「出身」「職歴」「今の仕事に就いた理由」「休日の過ごし方」など、履歴書を埋めていくイメージで質問をすれば、時間はあっという間に経ってしまう。

 よく「田舎に帰るたびに、家族や親戚から、いつ結婚するのかばかり聞かれる」という愚痴を耳にする。僕の分析では、田舎の人も、それほど他人の結婚に興味があるわけではない。ただ都会に出て行った人と、会話の共通点が見つからない。

 そこで結婚という話題が選ばれがちなのだ。だから、結婚の話をしたくないなら、自分から親戚を質問攻めにすればいい。境遇の違う人のライフヒストリーは、意外と興味深いものである。

 タクシードライバーの人生も多種多様だ。数年前、パリの空港で拾ったタクシーの運転手は、祖国の内戦から逃れてフランスに辿り着いた人だった。

 ロンドンで乗ったUberの運転手は、イギリス生まれだというのに、英語が流暢ではなかった。移民コミュニティの中で暮らしているため、それほど英語が得意である必要がないのだ。

 亀戸で乗ったタクシーの運転手は、前職を辞めて死のうかと考えていた時に、浜崎あゆみの「A Song for ××」という曲に救われたらしい。

 日本のある地方都市でタクシーに乗った時のことだ。いつものように、運転手の来歴を聞いてみた。しかし全ての話題がはぐらかされてしまう。しかも、そのはぐらかし方が非常に上手なのだ。口ごもるわけでも、質問に答えないわけでもなく、絶妙にピントをずらした話題を出し、少しずつ話を逸らしていく。この町に来た時期を聞いていたはずが、いつの間にか新しくできたマンションの話になっている。

 その話題の転換の仕方が、あまりにも巧妙すぎると思った。一応、僕も仕事柄、他人の話を聞くことには慣れている。だけど30分あまりの乗車時間で、その人について聞けたのは、出身地と、一軒家に住んでいるということだけだった。代わりに、その町の近況について、すっかり詳しくなってしまった。

 もはやプロの話術である。他人に触れられたくない過去がある人だったのだろうか。真相は確かめるべくもないが、その後ろ姿がやたら印象に残っている。

 考えてみれば、タクシーは乗客と運転手の信頼によって成立する商売だ。世界に目を向けると、タクシー運転手による誘拐事件が多発している国もある。確かにタクシーとは密室であり、いわば生殺与奪の権を握られた状況にある。日本でも、日本交通の運転手が芸能人へのストーカー行為で逮捕されたことがあった。同社では運転手による準強姦未遂事件も発生している。

 あの来歴を隠していた人は、何者だったのだろう。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮

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