コロナを好機として「ハコ」から脱却する――隈 研吾(建築家)【佐藤優の頂上対決】

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ネコに学ぶ

佐藤 隈先生は、そうした高層ビルに象徴される画一的な「ハコ」からの脱却を主張されていますね。

 現代人はハコに閉じ込められています。ある時代からハコを作ることが建築になってしまったんですね。超高層ビルはその最終形態かもしれません。

佐藤 それを目指して都市が進化してきたところがあります。

 確かにそのハコの中で働いていれば、効率的に仕事ができて生産性が上がりました。でもいまはICT(情報通信技術)などの技術が生まれて、どこにいようと仕事ができるし、人ともつながれる。だからもう社会のあり方を根本から作り直さなければいけないのに、建築基準法から都市計画法まで、ハコをセッティングすることがデフォルトになっているんです。さらにはそこに資本の論理がかぶさって、大規模で超高層のタワーが作られている。

佐藤 効率的に作業するモデルとしては、工場や学校、軍隊もありますね。みんな近代のシステムです。

 これまでは同じ場所に人を集め、時間で管理することが効率的だったわけです。でもいまのICTの技術をもってすれば、もうハコにいる必要なんかないんですよ。逆にハコにいるとストレスが増すだけです。

佐藤 このコロナ禍で、学校では同じ場所で同じ時間に同じ授業を受ける前提が崩れつつあります。

 同じ場所、同じ時間割で拘束することが、子供たちを歪ませてきましたから当然です。だから早くハコから出たほうがいい。

佐藤 隈先生は個人住宅についてもハコだと批判されていますね。

 個人住宅というハコを所有すれば、安全に暮らせて、生活が安定し、幸福になれると考えられてきた。それで持ち家政策が推進されてきたわけです。でもエンゲルスが『住宅問題』で、労働者は家を所有することで農奴以下の悲惨な状態に堕ちるだろうと予言した通り、ハコを所有すると、一生ローンに追われ、幸せどころじゃなくなる。ローンを払い終わっても、相続税で召し上げられてしまう。

佐藤 災害の多い日本では、家屋が倒壊してローン破綻したり、二重ローンを組まなければならなくなったりするリスクも高い。

 その通りで、だからもう個人の住宅からも脱出して自由にならなければいけないんですよ。

佐藤 ではその先には、どんな生活スタイルがあるとお考えですか。

 そこはなかなか具体的に示しにくいので、この間の展覧会(「隈研吾展――新しい公共性をつくるためのネコの5原則」)では、ネコに登場してもらいました(笑)。私の住む神楽坂の半ノラ猫2匹にGPSをつけて行動調査した結果を展示したんです。ネコはハコの隙間で自由に生きています。このハコは誰のものという意識はまったくない。半ノラのような自由な感覚で都市を生きていかなくては、と思うのです。

佐藤 ネコが街の隙間に心地よい場所を確保するように生きる。

 もっとも、いますぐハコを壊せるわけではないし、また即、壊す必要もない。まずはその生き方に学ぶということですね。

佐藤 考えてみれば、人類にとって住むところと働くところは一緒だった時代のほうが長いですよね。

 分かれたのは最近のことです。ある建築学者によれば、オフィスは産業革命後に、イギリスの邸宅の執事の部屋が拡大して広まっていったそうです。そのくらいの歴史しかない。また一昔前まで、日本の家には土間がありましたね。いつでも誰でもアクセスできる場所としての空間で、そこで作業もするし、生活もする。そうした外との境界があいまいな空間が都市の基本になっていくと面白いな、と思っています。

佐藤 都市や街の定義が変わりますね。

 これからは分散型のライフスタイルや働き方が基本になってくる。だから都市への通勤を前提にした20世紀型のデザインは変えていかなければならないでしょうね。

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