「食いものを粗末にするな」 今も通じる談志の教え

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 今年で没後10年となる、落語界のレジェンド立川談志。高座やテレビではうかがい知れない「普段の談志師匠」のエピソードがつまった立川キウイさんの『談志のはなし』(新潮新書)が刊行された。前座生活16年半、弟子の中で最も長い間、時間を共にしたキウイさんだからこそ知る談志師匠の意外な素顔。その2回目は「食いものを粗末にするな」(以下、引用は同書より)

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「食いものを粗末にするな」

 あれは、まだ入門して本当に間もない頃のことでした。

 師匠の仕事のお供で地方へ行った時、土地の名士さんたちとの会食の席がもうけられ、そこは落ち着いた料亭、僕の分はありませんでしたが、残り物を頂きました(前座の役割の一つとして特に談志門下は残った料理はみな平らげねばならないのです)。

 すると師匠の友人とおぼしきお姉さまがいらして、

「師匠、このお弟子さん、ちょっと借りていい?」

 と言って、僕を外に連れ出してくれました。どこへ行くのかと思ったら近所のラーメン屋さん。いわゆる今でいえば町中華みたいな地域密着なお店。

「あなたはまだ若いんだから、あれだけじゃ足りないでしょ? 私がお腹いっぱいにしてあげる。すみません! ここにラーメンと炒飯と餃子と焼そば! あと野菜炒めもお願い!」

 今の時代なら考えられないでしょうけど、当時はまだ昭和の名残りが色濃くある平成の初期だったので、とにかくお腹いっぱいにさせてあげたいという、若い者はいつもお腹を空かせているだろうという、そんな空気があったんですね。

 気持ちは嬉しいんですよ、本当に。でも今も昔も適量というか限度ってありますよね。

 ほんっとに思いますけど、こうした状況の時、食い切れないほど食べなきゃならないのとまったく食えないの2択なら、まったく食えない方がいいですよ、絶対に。

 逃げられないし、とにかく食いましたよ。まだ20代だったからかもしれません。でもほんと限界の限界。

 どうにかこうにか何とか胃に押し込んだので、歩き方も気を付けないと大変。一歩間違えたら大惨事です。そして師匠のもとに戻ったら、何と目の前に大盛ちらし寿司。

「お前が残り物じゃ可哀想だからって、こちらがちらし寿司を用意してくれたんだ。残さず食え。食いものを粗末にするな」

 師匠の言葉がこんなに僕を追いつめたことは多分なかったでしょう。

 それで食べる為の別席に行き、どうしようかと思ってたらさっきのお姉さまが来て、

「どう? 美味しい? 若いから食欲あるのがうらやましいわ」

 と笑顔で言うので、落語家になるって大変なんだなとしみじみ思いました。

 とりあえず調理場に行ってラップをもらってちらし寿司のおにぎりを作り、それで持ち帰ることに成功しました。やっぱそこまで食えないっすもん。

 かといって、今みたいに何でも賞味期限で廃棄廃棄とやるのも勿体ないですけれども。

 ちなみに師匠は食べものが腐っても棄てるくらいなら、食って腹を下した方がいいと普段から言ってます。フードロスは許さない。

 そしてその日は夜、師匠と一緒に練馬宅に帰って頂いたお土産の焼売、それを師匠が味見したいとかで蒸すことになったんですね。

 師匠は本当に食にマメで、そりゃ時間がない時なら別でしょうけど、例え1個の肉まんでもレンジじゃなく蒸し器を使うんですよ、お湯を沸かして。そしたら……。

「アチッ!」

 何やら師匠が誤ってお湯に指を突っ込んだんです。その時、僕も今にして思わなくても本当に馬鹿なんですけど、入門したてなのもあってパニクったんでしょう。

「ふぅーふぅー」

 師匠の手首つかんで指を一生懸命に吹いてました。

 そしたら師匠は流石とっさでも上手いこと言うんですよ。

「鍋焼きうどんじゃねぇや」

 そしてすぐに水道で指を冷やしてました。

 でも息で冷まそうとしたのが後々から面白くなってきたみたいで、

「お前は変わった奴だな。変な奴だ」

 と言って焼売を2個くれたんです。

「お前みたいな弟子はいなかったな」

 何か変なウケ方をしたみたいでした。

 今でも蒸した焼売を見ると、時々思い出すことです。

「何か食いたきゃ自分の手で作りな」

 そうすると残さなくなるって。作るために作った料理は見事に捨てるって。

「俺より頭の悪い奴が作ったものが、美味いはずがない」

 食いものを粗末にする人を、師匠は俺より……と言ってた気がします。

デイリー新潮編集部

2021年10月20日掲載