“日本一”笑う中学校、校長は社会人落語チャンピオン

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 学校でのイジメが原因で自殺する子供が後を絶たない。特に最近のイジメは陰湿になってきた。きっかけの一つがスマホのラインだと教育現場ではいわれている。

 一人の子を除外してラインのグループを作れば、一瞬にして多数が一人を「笑いもの」にできるというわけだ。子供にまで浸透したネット社会の暗部といえる。

 そんな中、「笑いもの」ではなく、「笑う学校」がある。とにかく生徒も教師もよく笑う。大阪府茨木市立三島中学校。なぜって、この校長、人を笑わせたら日本一なのだ。昨年10月、「第9回社会人落語日本一決定戦」(大阪府池田市・同実行委員会主催)でチャンピオンになった。事前審査の応募が288人、実演173人の予選を勝ち抜いた。大会統括兼審査委員長は桂文枝師匠。

 芸名、喜怒家哀楽。本名、磯村昌宏(56)。

 入学式から始まって、体育大会、始業式、終業式など様々な学校のイベント、さらには保護者との会合で、小噺や謎かけを連発しては会場を爆笑に包む。

 確かに、笑いは想像力を鍛え感受性を研く。

 最近、全校生徒の前で生徒会活動やスポーツで頑張った子供たちを褒めた。最後に「何かに頑張っている生徒と掛けて……、南海トラフと解く」

 生徒たちから「その心は?」の声が飛ぶ。「必ず大きな自信(地震)につながるでしょう」

 会場は笑いに包まれたが、翌日、一人の男子生徒が校長に言った。

「先生、あれはアカン、洒落にならん。大地震で死んだ人や家を壊されて泣いている人がたくさんいるんやで」

 校長は、ハッと気づいて「そうやね、わたしが悪かった、間違っていた」と生徒に謝りつつも「よう気がついてくれたな」と褒めた。その感受性に心でうれし涙を流したと言う。

授業に小噺、謎かけ

 校長は、大阪で生まれ育った。小学校4年生の時、テレビで桂枝雀(故人)の落語を見て、「世の中にこんな面白いものがあるのか!」、以来のめりこんだ。テレビの落語を録画して独り稽古。6年生になると、友達や近所の人を前に披露していた。

 国語科の教諭としてスタートしたが、授業に小噺や謎かけを取り入れた。こんな先生、全国探してもそうはいない。担任を持つと毎日学級通信を発行、タイトルが「喜怒哀楽」、芸名に頂戴した。

 土曜日曜は、市民イベントや老人ホームなど、あちこちから声が掛かり、出前落語に駆け回っている。

 高座の背に立てる背丈以上の障子、緋毛氈(もうせん)、見台など小道具は全て一人で運び込み運び出す。夏はそれだけで汗びっしょりになる。

 高座は、がちんこ体当たり落語とでもいおうか。会議用のテーブルに被せた緋毛氈の上で大きな声かつ大柄の半身が上下左右に跳ねる。言葉とジェスチャーがシンクロして物語のイメージが膨らんでいく。お客さんは喜怒家哀楽ワールドに浸りつつ、時にのけぞるほど笑う。

 キザに洒落を言ったり弱者を笑うプロ落語家など、おととい来やがれ、負けてはいないぞ。

 落語家校長の頭にいつもあること。

「誰かを悪者にしたり傷つけたりする笑いは、ほんまもんやない。本当に皆が腹の底から笑えるものでないとあきません」 

 そんな笑いの共有が、互いの絆を強め、思いやりのある優しい子供を作るのだと信じている。

 何か悩みはありますか? と尋ねると、

「あります。朝、廊下で生徒と挨拶を交わす時、『校長先生』ではなく、『いよっ、師匠!』と呼ばれることが」と表情を崩した。

取材・文/ジャーナリスト 石高健次

週刊新潮WEB取材班

2018年12月6日掲載

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