SNSでトラブルを招く“意外な言葉” 知らないと損をする日本語ならではの落とし穴

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 コロナ禍の中、メールやSNSでコミュニケーションを取る機会が増えた人も多いだろう。しかし、「書き言葉」を「話し言葉」と同じつもりでやり取りすると、思わぬトラブルを招くことがある。

「私たちは自分たちが意識している以上に、音声に頼ったコミュニケーションをしています。それゆえに、SNSのように相手の顔も見えず、音声の情報が欠けた文字だけの会話では誤解が生じることがあります」

 と、語る言語学者の川添愛さんは、著書の『ふだん使いの言語学:「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』で、SNSでトラブルになりやすい意外な言葉を指摘している。

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誤解を生む言葉――「じゃない」

 次の例を見ていただきたい。

【問題】AさんとBさんが、とあるSNSを通じて、文字で次のような会話をした。

Aさん:今日の試合、私、思うように動けなくてごめんね。今日は負けちゃったけど、次は勝てるように、またチームのみんなで頑張ろうね。
Bさん:何言ってるの。今日はあなたのせいで負けたんじゃない。

 この会話におけるBさんの「今日はあなたのせいで負けたんじゃない」という発言は曖昧で、少なくとも2通りの解釈がある。それらはどんな解釈だろうか?

 この会話におけるBさんの言葉の曖昧さは、「じゃない」という言葉の多義性に由来する。「じゃない」には少なくとも、否定(「ではない」と同じ意味)と事実確認(「だよ」や「でしょう?」に近い意味)の二つの意味があり、私たちはその知識を頭の中に持っている。

 たとえばお酒だろうと思って飲んだものが水だった時、「これ、お酒じゃない!」と言えば、この「じゃない」は否定の「じゃない」だ。同じ状況で「これ、お水じゃない!」と言えば、それは事実確認の「じゃない」だ。

 実際に口に出して言ってみていただければお分かりになると思うが、これら二つの「じゃない」は発音が異なる。音の高さが急激に下がる部分を「→」で示すと、二つの「じゃない」の発音の違いは次のように表される。

 否定の「じゃな↓い」=「ではない」  
 例:(お酒だろうと思っていたものが水だったときの)「これ、お酒じゃな↓い!」

 事実確認の「じゃ↓ない」≒「だよ」「でしょう?」  
 例:(お酒だろうと思っていたものが水だったときの)「これ、お水じゃ↓ない!」

 こういった発音の違いのおかげで、音声で聞くかぎりでは「じゃない」に曖昧さは生じない。しかし、文字のみのコミュニケーションでは発音の違いが分からないので、Bさんの発言には曖昧さが残ってしまう。

 もしBさんの言う「あなたのせいで負けたんじゃない」の「じゃない」が否定のそれであれば、Bさんの意図は「今日はあなたのせいで負けたわけではないよ(だから、責任を感じる必要はないよ)」である。つまりBさんは、Aさんの自責の念を軽くしてあげようとしていることになる。

 他方、もしBさんの「じゃない」が事実確認のそれであれば、Bさんは「今日はあなたのせいで負けたのよ(だからあんたは『またみんなで頑張ろうね』とか言える立場じゃないだろフザケンナ)」と言っており、Aさんの傷口に塩をすり込んでいることになる。

 もし、BさんがAさんを慰めるつもりで「あなたのせいで負けたんじゃない」と言ったのに、Aさんが「Bさんに責められている」と解釈したら悲惨だ。こういう危うい「じゃない」はSNSなどで頻繁に見られるので、注意が必要である。

川添愛(かわぞえあい)
九州大学、同大学院他で言語学を専攻し博士号を取得。津田塾大学女性研究者支援センター特任准教授、国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授等を経て、言語学や情報科学をテーマに著作活動を行う。著書に『白と黒のとびら オートマトンと形式言語をめぐる冒険』『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」』『聖者のかけら』『ヒトの言葉 機械の言葉「人工知能と話す」以前の言語学』等。

デイリー新潮編集部

2021年10月10日掲載

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