期待を大きく裏切った巨人「野間口貴彦」…「ドラフトの目玉選手」は結局プロで成功したのか? 

スポーツ 野球 2021年10月10日

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目玉選手が期待通りでは……

 10月11日に運命のドラフト会議が開かれる。今年は、昨年に比べると、明らかな目玉選手が不在な状況で、各球団がどのようなドラフト戦略を展開するのか、例年以上に注目されている。過去のドラフトを振り返ってみると、入団前の目玉選手がそのままプロでも期待通りの活躍を見せているケースばかりではない。

 今回はある程度、結果が見えた2000年代(2000年~09年)のドラフトについて、各年でナンバーワンの評価を受けていた選手が、どの程度の結果を残しているのか、また。最終的に最も成功を収めた選手が誰だったのかを振り返ってみたい。

 毎年、ドラフト会議の中継で解説を務める筆者が選出した、「入団前No.1」(入団前の評価が最も高かった選手)と「入団後No.1」(入団後に最も好成績を残した選手)の成績を一覧表(最後に記載)にまとめている。これに沿って話を進めていく。

8年間一軍のマウンドに上がらず

 まず、ドラフトの目玉選手が入団後も好成績を残した例をみると、和田毅(ソフトバンク)と田中将大(楽天)が挙げられる。和田は2010年に17勝、田中は2013年に24勝を挙げて、それぞれチームの優勝に貢献してMVPを獲得。日米通算勝利数は和田148勝、田中が181勝(10月8日時点)と素晴らしい成績を残している。

 だが、その他の年では、プロ入り前の評価と比べて、入団後の成績が伴っていない選手が散見される。ポジション別にみると、投手でドラフトの目玉と見られていた選手が意外に成功していない。

 2000年にダイエーから2位指名を受けた山田秋親は、立命館大時代にはシドニー五輪に出場した。プロ入り後も一年目から二桁勝利は期待できると言われていたが、癖で球種を見抜かれるという弱点が露呈。その改善に取り組むもフォームを崩してしまい、実働8年で16勝(11敗)という成績でプロ生活に終止符を打っている。

 04年のドラフトでは、ナンバーワンの評価を受けていた野間口貴彦は、巨人自由枠で入団した。ルーキーイヤーの05年に4勝をあげるものの、これがキャリアハイだった。実働8年間で13勝(12敗)というのは、あまりに寂しい成績だ。

 同じく巨人では、辻内崇伸が大阪桐蔭時代に夏の甲子園で156キロをマークして、05年の高校生ドラフト1巡目で指名された。しかし、度重なる故障に苦しみ、在籍8年間で一軍のマウンドに上がることがないまま、ユニフォームを脱いでいる。

 2010年代以降も、斎藤佑樹(日本ハム)らと“早大3羽ガラス”と呼ばれた大石達也(10年西武1位)や、菅野智之(巨人)や野村祐輔(広島)とともに「大学ビッグ3」と注目された藤岡貴裕(11年ロッテ1位)は、期待された結果を残すことができず、球界を去っている。通算成績は、大石が実働7年間で、5勝6敗8セーブ12ホールド防御率3.64、藤岡が実働9年間で、21勝32敗16ホールド防御率4.14と結果を残せなかった。フォームの癖や故障がダイレクトに選手生命に響くため、やはり投手のリスクは大きいと言える。

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