松井選手はなぜバットを投げ捨てなかったのか  新人選手必読の書『不動心』

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 ドラフトで千葉ロッテマリーンズに1位指名された安田尚憲選手の愛読書が、『不動心』(松井秀喜・著)であることは前回「ロッテ1位指名、安田尚憲選手はなぜ松井氏を尊敬しているのか」という記事でお伝えした通りである。

 安田選手に限らず、また敵味方を問わず多くの野球選手やファンが松井選手をリスペクトしている。グラウンドでの紳士的な振る舞いは、常に多くの尊敬を集めていた。高校生の時、甲子園で5連続敬遠されたときですら、松井選手は淡々と一塁に進んで行った。プロになってからも、バットを叩きつけたり、投げ捨てたり、といった姿を見せなかった。

 なぜ彼は常に冷静だったのか。

 その秘密を『不動心』で自ら明かしている(以下、同書より引用)。

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自ら可能性を捨てない

 僕の心の中には、暴れん坊の自分も住んでいます。凡打した悔しさに顔をゆがめ「何やってんだ!クソー!」とベンチを蹴っ飛ばしたり、バットやヘルメットを投げつたりしたい自分も隠れているような気がします。プロに入ってからそのような行動を取った覚えはありませんが、心のどこかに潜んでいるはずです。

 中学生の頃、明らかに打たせる気がなく四球攻めをしてきたピッチャーをにらみつけ、バットを放り投げてコーチに殴られたことがあります。星稜高校2年の秋に台湾遠征へ行った際も、山下監督からひどく叱られた経験があります。

 現地高校との試合でホームランを放った翌日、顔の付近にきた明らかなボール球をストライクとコールされました。どうやってもバットが届かないコースまでストライクと判定され、三振を喫しました。僕は頭にきてバットを投げ捨てました。

 その試合後、山下監督から2時間ほど叱られました。内容はよく覚えています。

「おまえはジャパンのユニフォームを着て試合に臨んでいる。石川県代表ではなく、日本代表の選手なんや。マナーも大切だ。球界のトップレベルを目指すならば『知、徳、体』の三拍子そろった選手になれ」

 こうした指導を受けた僕は、幸せ者だと思います。いくらホームランを打っても、思い上がった気持ちでいたら次がありません。打てなければ悔しいのは当然です。審判の判定が間違っていれば腹も立ちます。

 しかし、その悔しさを露わにしてバットを投げ捨てるという行為は、次の可能性を捨ててしまいます。悔しさを露わにすれば、自分の心が乱れます。自分の心が乱れれば、次にど真ん中の好球が来たとしても打てません。それで得することなど、何もないのです。逆に、グッとこらえていれば、次に生きることもあります。

イライラしたら負け

 甲子園で5打席連続敬遠を受けたときも、僕は打席の中で「1球でも好球がきたら必ず打ってやる」と自分に言い聞かせていました。プロに入ってからも、相手投手はボール球を使って勝負してきます。ボール攻めにイライラしたら自分の負けです。

 いや、人間ですからイライラするのは仕方がないでしょう。しかし、態度に出さない、口に出さないことはできます。態度や口に出してしまうと 気持ちが乱れ、バッティングが乱れ、自分が苦しむことになる。

 そして、乱れたバッティングを修正するのは、とても大変で苦しい作業なのです。だから、僕は少しでも乱れる可能性がある行動を慎もうと考えています。

 山下監督に教えられたことがあります。ホームラン世界記録を持つ王貞治氏(福岡ソフトバンクホークス会長)はどれだけ四球攻めをされても、一度もバットを投げたことはないと。表情一つ変えずにバットをそっと置き、一塁へと歩いていったそうです。

 僕は王さんの現役時代の記憶はほとんどありません。でも、その話を聞いて「格好いい」と思いました。バットを投げつけて、投手をにらみつけるよりも格好いいと思うし、相手への威圧感もあるように思います。

 王さんは、どれだけ四球攻めをされても、唯一の好球を逃さずホームランにしたそうです。王さんの偉大さはホームランの数だけではなく、その内容にもあるのでしょう。少しでも、その域に近付きたいと思っています。

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 実はすでに今年の高卒ルーキーたちは、伝説の5連続敬遠はおろか、松井氏の巨人時代の姿すら記憶にない世代だ。それでも王氏から山下監督へ、そして松井選手へと引き継がれた教えは安田選手にも本を通じて伝わっている。新たな伝説のスラッガーの誕生を多くの人が心待ちにしていることだろう。

デイリー新潮編集部

2017年11月4日掲載

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