元公安警察官は見た 「この男はロシアのスパイ」と捜査員に知らせた暗号メールの中身

  • ブックマーク

Advertisement

陸上自衛隊のナンバー2

「尾行チームは4、5人で編成されます。尾行した結果、この日の夜に自宅を突き止めました」

 60代男性の素性を調べて愕然となったという。

「陸上自衛隊のナンバー2で、東部方面総監にまで上り詰めた元陸将でした。数年前に退官し、大手企業の顧問に天下っていました」

 外事1課は、冷戦時代から旧ソ連など共産圏のスパイを追い続け、数々のスパイ事件を暴き「スパイハンター」の異名を持つ。もっとも、外交官特権を持つスパイは逮捕できないので、スパイに籠絡された者を摘発するしかない。

 現在、日本で活動しているロシアのスパイは、SVRが約60人、GRUが約50人、第3の
諜報機関FSB(連邦保安局)が10人弱と言われている。

「外事1課の尾行チームは、約1年に渡って元陸将の動きを追い続けました。2人の接触はかなりの回数にのぼったそうです。四谷、高田馬場など新宿区内の飲食店が多かったといいます」

 元陸将は、コワリョフとの会合場所に向かう時、降りる必要がない駅で降りて、次の電車に乗ったり、ある時はいきなり立ち止まって後ろを振り返るなど、不審な行動を繰り返した。尾行されていないか常に確認していたようだ。

「ある日、会合を捜査員たちが監視していると、元陸将がコワリョフに包みのようなものを渡す場面を確認しました。捜査チームは2人の会話を記録していたそうです。手渡された品物を特定するための捜査が行われた結果、それが自衛隊の訓練に関する『教範』と呼ばれる内部文書だったことが判明したのです」

 この一件は2015年12月に事件化した。メディアでも度々報道された。外事1課は元陸将に任意出頭を求めて事情聴取。警視庁は在宅のまま自衛隊法(守秘義務)違反の教唆容疑で書類送検した。コワリョフはすでに出国しており、ロシア大使館は出頭要請を拒否した。

「元陸将は、コワリョフに複数の教範を渡していました。かつての部下だった現役自衛官や幹部自衛官を使って入手したため、彼らも処分を受けました。元陸将はコワリョフと現役時代から顔見知りで、退官後に再会してから協力し始めたそうです。部隊の運用法についてコワリョフに教えたところ、そのマニュアルのようなものはないかと問われ、教範を渡すことになったのです」

 外事1課は、事情聴取した段階で元陸将はロシアの本格的な協力者にはなっていなかったと見ている。事件化したことにより、さらなる深みにはまって重要機密の漏洩を未然に防いだというわけだ。

勝丸円覚
1990年代半ばに警視庁に入庁。2000年代初めに公安に配属されてから公安・外事畑を歩む。数年間外国の日本大使館にも勤務した経験を持ち数年前に退職。現在はセキュリティコンサルタントとして国内外で活躍中。「元公安警察 勝丸事務所のHP」https://katsumaru-office.tokyo/

デイリー新潮編集部

2021年10月5日掲載

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。