「黒田日銀総裁」在任歴代最長で問われる「物価上昇目標2%」を達成できない理由とは?

ビジネス 2021年10月1日掲載

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「法王」と「池田勇人と同期」の二人を超えて

 日本銀行の黒田東彦総裁(76)の在任期間が9月29日で3116日を迎え、歴代最長となる。「黒田バズーカ」発射から8年半が経過。物価上昇率2%を2年程度で実現する目標を掲げながら、いまだに公約は果たされていない。

 日銀総裁の任期は5年間で再任が可能で、黒田氏以前に再任されたことがあるのは2人だけだ。一人は一萬田尚登で、戦後間もない時期に8年半にわたって総裁を務めた。戦後の経済復興期に、金融政策の実権を握っていた日銀はローマ教皇庁にも例えられ、一萬田は「法王」とも呼ばれた。

 もう一人は元大蔵次官の山際正道で、8年余り在任した。大蔵省同期にはのちに首相となる池田勇人がいた。政界に転身し、首相に上り詰めた池田の看板政策であった所得倍増計画を金融面から支え、池田が首相を辞任した1カ月後、山際も健康上の理由で総裁を辞した。

 その二人を超え、残り1年半、都合10年の任期を全うしそうな黒田氏は、2013年3月に日銀総裁に就任した。

「達成できると確信している」と明言

 黒田氏は就任時の記者会見で何を語っていたか。 

 まず、2%の物価上昇目標の達成に向けて、「量的、質的の両面から大胆な金融緩和を進めることで、達成できると確信している」と明言。達成時期については「2年程度で物価安定目標が達成できれば好ましい」と述べたうえで、「デフレから脱却し、(物価上昇)目標を早期に実現することが日銀として果たすべき使命だ」と決意を語り、デフレ脱却に懸ける揺るがぬ信念を表明した。

 通称・黒田バズーカと呼ばれる異次元の金融緩和は、長期国債の大量買い入れをはじめ、短期政策金利をマイナス0.1%、長期金利を0%程度に誘導する長短金利操作や上場投資信託(ETF)の購入などを柱に進められてきた。長期国債の買い入れ額は、スタート時点で「年間80兆円」を目途としていた。

 この8年半で緩和策の中身は見直しを加えられてきたものの、日銀が一貫して大規模な金融緩和を続けていることに変わりはない。しかし、

「黒田バズーカを日本の金融政策における壮大な実験と見立てれば、公約を実現するまでに至っていないのは誰の目にも明らかでしょう」

 と話すのは、長年、金融行政の取材を手掛けてきた経済ジャーナリストの岸宣仁氏だ。岸氏の新著『財務省の「ワル」』には、「『黒田バズーカ』の光と影」と題された章がある。改めてその「光」と「影」について解説してもらおう。

「大規模な金融緩和がここまで継続されてきたことで、金融機関の収益悪化や運用難など経営に副作用が出始めたことを懸念する声が高まっている。そうした指摘は金融機関にとどまらず、もともと大規模緩和に消極的だった日銀や、黒田の古巣である財務省からも聞こえてくるようになりました」

「武藤総裁人事」却下の影響

 岸氏は、日銀で役員まで務めたOBの一人から現在進行形の金融政策について、こんな話を聞いたことがあるという。

「金融緩和についてこのOBは、“目標を変えたいと思っても、アベノミクスは失敗したという烙印を押されるから、それも言い出せない。いわば自縄自縛の状態で、大規模金融緩和も惰性でやっているにすぎず、ほとんど効果が上がっていない。日銀の重要な使命である市場との対話路線から、およそかけ離れているように見えますね”と語っていました」

 一方、財務省はどう見ているのだろう。

「省内には、本流の主計局から事務次官に上り詰めた人たちを象徴のように仰ぐ空気があります。この組織が伝統的に守り抜いてきた掟のようなものでしょうか。つまり、財務省から日銀総裁に就任する人物は、予算を編成する主計局育ちの次官経験者でなければならないとする、微塵も揺らぐことのない固定観念と言えるかもしれません」(同)

 黒田氏は主計畑出身ではなく、国際担当の財務官から総裁になったわけだが、その就任には当時の政治状況が背景にあった。彼の就任以前、1年先輩の武藤敏郎東京五輪・パラリンピック大会組織委員会事務総長が、副総裁から総裁への昇格を国会で拒否された人事があったのだ。総裁人事は国会の同意を得なければならず、当時、与野党の対立という政局に翻弄された結果だった。その武藤は主計畑出身の大物次官経験者である。

通貨マフィアは金利マフィアになれず?

 岸氏が続ける。

「ある有力OBは武藤と黒田の両名を比較して、こう言いましたね。“うちの役所で、黒田さんを守ろうという人はいないんじゃないですか。武藤さんなら組織を挙げても守らないといけないと思いますが、黒田さんはそこがちょっと違う。だって役所の論理からすると、財務官上がりの黒田さんが、次官経験者の武藤さんに弓を引く形で総裁になったわけだから……”と」

 さらに、

「黒田氏は財務官を経験し、国際人脈豊かな通貨マフィアとしての知名度は抜群であり、その点についてこの有力OBは“総裁就任直後から為替市場にサプライズを投げかけ、円高局面を円安に誘導した手腕は見事だったと思う”と評価していました。その一方で、“基本的にあの方は為替の人であって金利の人ではなく、為替市場と同じ発想で国債市場を動かそうとしている点に問題がある”とも言っていました。要するに、“国債の市場金利は中長期的にサプライズで動くことはなく、そこを見誤ってきたことが、物価目標が未達成につながっている原因ではないですか”と指摘しているわけです」(同)

 任期中に公約が果たせそうもないことについて今年4月、「時間がかかっており、残念だ」と語った黒田総裁。残り任期のあと1年半、この言葉を繰り返す他ないのだろうか。

デイリー新潮編集部