日本の「刃物文化」は世界に広がりつつある――遠藤浩彰(貝印グループ代表取締役社長兼COO)【佐藤優の頂上対決】

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次の100年を目指して

佐藤 そうした展開をしていくには、それを担う人材が重要になってきます。これから欲しい人材、ここには向かない人材というと、どんな人になりますか。

遠藤 弊社は地方の岐阜県関市で大きくなってきた会社ですから、社員は実直で誠実な方が多いんですね。社内で議論する際も、どちらかというと性善説に基づいて話をします。だからやっぱり誠実に、謙虚な姿勢で仕事をする人が望ましいですね。

佐藤 それが刃物の会社のカラーならば安心できます。

遠藤 いま多様性が強く求められる中で、もちろん自己主張も非常に大切です。ですが、自分本位だったり、他人を押しのけてやっていくような、チームプレーのできない人は、弊社には馴染まないと思います。

佐藤 外務省でもそうでしたが、あまりガツガツやっていると、トラブルを起こすし、早く燃え尽きちゃうんですね。だからそれを隠す知恵があるほうがいい。

遠藤 社内では「一人の百歩ではなく百人の一歩」と言っています。もちろん最初は誰かが先陣を切って前に出なければなりませんが、それを会社全体で盛り上げていくには、いろんな専門のチームとうまく協業することが必要です。

佐藤 いまの大学生は優秀ですから、何でも一人でできると考えている人がいる。そういう人は組織の重要性や、組織が人を引き上げてくれることがわからない。

遠藤 一人で百歩を突っ走るのではなく、まず百人で一歩を踏み出すことを、会社としては後押ししたいですね。その百人の一歩が、二歩、三歩と進んでいくと、どこかで閾値(いきち)を超えてぐんと速度が上がっていく。そして最終的には百人の百歩となって、一気に広がる。そんな組織を作りたいと思っています。

佐藤 では、遠藤社長の代に会社をどのような方向に引っ張っていこうとお考えですか。

遠藤 弊社は私の副社長時代の2018年に創業110周年を迎えました。初代はポケットナイフで事業を興し、日本企業としては初の国産カミソリ替刃を実現させました。2代目は軽便カミソリを普及させる一方、包丁やハサミ、爪切りに進出し、3代目は世界で初めて3枚刃のカミソリを発売、海外にも進出しました。ここまでは、創業者が興したモノづくりをきちんと継承し、国内の事業を伸ばし、そして海外にも広げてきたという、ある意味、定石通りの道です。

佐藤 そうですね。しかし時代は大きく変わりつつあります。

遠藤 はい。これだけ世の中に大きな変化が起きていますから、これからの100年は、なかなか先を読み切れませんし、これまでのやり方がそのまま通用するとは思えません。だから、この世の中の変化にしっかり対応していける土台作りを担うのが私の役目だと思っています。

佐藤 プラスチック素材を使わず、刃の部分以外は紙で作った「紙カミソリ」を4月にテスト発売されましたね。

遠藤 ちょうどリリースを出すタイミングとプラスチック資源循環促進法の閣議決定が重なったので、注目を浴び、3日間で完売となりました。いま量産に向けて準備をしているところですが、こうしたサステナビリティ(持続可能性)を意識した商品作りは非常に重要になってきます。もっとも包丁などは研ぎ直せば切れ味が蘇りますから、私どもの商品にはもともとそれが組み込まれているものもあります。

佐藤 確かに100年以上続く会社は、どこかに持続可能性を内包しているからこそ続いてきたといえるかもしれませんね。

遠藤 有限な地球資源を使いながらモノづくりをしていますから、次の100年に向け、会社を子の代、孫の代まで引き継いでいくために、この問題は避けて通れません。サステナビリティにはいろんな切り口がありますので、改めて正面から向き合っていきたいと思います。

佐藤 「紙カミソリ」に続く商品を考えられているのですね。

遠藤 そうですね。またこの問題に対応していく過程で、逆に一部の商品や事業を自己否定することが出てくるかもしれません。その時にも、50年後100年後の世界を見据えて、何が求められているのかをしっかり議論して前に進んでいく。それが私の代に求められることではないかと考えています。

佐藤 貝印では2代目が初代から「斉治朗」の名を襲名しています。襲名されるご予定はありますか。

遠藤 今のところ、ないですね。父も襲名しておらず、そのチャンスを逃し続けてきたと言っています。だから、まずは父からでしょう。父が襲名したら、たぶんその時は私も考えなくてはなりませんね。

遠藤浩彰(えんどうひろあき) 貝印グループ代表取締役社長兼COO
1985年岐阜県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。2008年貝印入社。工場勤務後、東京本社でカイ・ショップ事業に携わる。Kai U.S.A出向を経て、営業本部、経営管理本部の副本部長、経営戦略本部、マーケティング本部、研究開発本部の本部長を歴任。18年副社長、21年より貝印及び生産部門のカイインダストリーズ代表取締役社長兼COO。

週刊新潮 2021年9月23日号掲載

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