街で見かけた“怪しい老人”が内田裕也だった これまで遭遇した怪しい人たちの逸話(中川淳一郎)

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 世の中には「怪しい人」がいます。私がいつも行くスーパーの外の公園には屋根とベンチを備えた休憩所があるのですが、ここで真っ昼間から高齢男性と中年女性ら数名が酒を飲み、タバコを吸って談笑しています。その足下ではネコがエサを食べている。私がネコを見て「かわいいですね」と言ったら中年女性が「かわいいでしょ。持っていく? で、ついでに私にこの泡の出るいい飲み物持ってきて、キャハハハ!」なんてビールの缶を指さして言う。

 ここまでは「普段何してる人なんだろう」程度なのですが、ここに身長1m9cm、体重120kgはありそうな若い男性も交じっています。この男性が一体何者なのかが想像できない。しかしある金曜日の午後、「あぁ~、明後日から仕事だぁ~」と言っていたので、そこまで怪しくない人であることは分かりました。

 彼らの怪しさレベルはまだまだ白帯レベルですが、これまでに会った怪しい人々を振り返ってみます。

 1人目は松濤で見た老人です。渋谷区にある日本屈指の
超高級住宅街・松濤ですが、ここに1990年代後半、怪しい男が住んでいました。土地が5億円はしそうな家なのですが、庭は雑草ボウボウ、門扉や塀も傾いています。そしてなぜかいつも共産党のポスターが貼ってある。ずっと空き家かと思っていたのですが、ある日の23時58分、この家の前を歩いていると門扉の向こうに老人が立っている。

 そのただならぬ気配にゴクリとツバを飲み、30mほど離れた場所で見ていたら、0時きっかりに外に出てきて背中を曲げて道を掃き始める。しかし、奇妙なのがバシッとスーツを着用している点。そして、安物のプラスチック箒の穂先部分が一本もなく、その上の△の部分で道を掃き続ける点です。15分すると掃除は終了。気になったので翌日も23時55分に行ったらやはり門扉の奥にいる。そして0時になると同じことをやるのでした。近所のバーでは常連客らが「松濤のせむし男」などと呼んでいました。いつしかこの土地は駐車場になっていました。

 もう一人は、大学時代の友人です。彼は初夏を過ぎると上半身裸でキャンパス内を歩く。どうやら、左の乳首から20cmほど伸びた一本の毛が自慢で、それを見せつけたいようなのです。抜かせてくれとお願いしたらバシッと手を叩かれ「コラッ! 運気が落ちる!」と怒られました。この話を後輩で仕事仲間の木下拓海というヤツにしたら、「えぇ! 僕なんて、チンコ出してキャンパス歩いてましたよ!」と言う。一橋大学国立キャンパスは何やら露出したくなる空気感でも醸し出しているのでしょうか。

 3人目は、杖を持った白髪ロン毛の老人です。コンビニで「お釣りを5千円札で寄越せ! 千円札なんて失礼だろ!」と店員に文句を言っていました。私など千円札が増えると使い勝手がよく有難いので「怪しい」というより「不思議」と思ったのですが、「まぁ、いいわ!」と言い振り返った顔を見たら内田裕也さんでした。

 冒頭で公園に集う人々を書きましたが、私も秋冬はスーツ、春夏は短パンTシャツでビールを毎日真っ昼間に買いに行っているわけで、彼等こそ「あの人怪しいね」と思っているはず。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2021年9月23日号掲載

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