河野太郎は永田町に友達がいない? スタンドプレーに党重鎮から苦言、防衛大臣時代の失態とは

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甘利氏を激怒させ謝罪

 が、その一方で、

「東日本大震災の後、“脱原発”が持論であった河野さんは発言を先鋭化。あの山本太郎と対談したほどでした。ある時、朝日新聞のインタビューで、推進派として知られる甘利明議員を名指しし、“次の選挙で落とすしかない”とまで述べた。これに甘利さんは激怒。総務会で問題にする、と言い出した。それにビビった河野さんは、慌ててお詫びに行ったそうです」

 甘利氏は大臣を歴任した党の重鎮。強い者への態度は随分と違うらしい。もっとも、

「それでも甘利さんの怒りは収まらなかった。質問の予定があったのに、予算委員会のメンバーから外されてしまったそうです」

 ちなみに今回の総裁選でも、同じ麻生派所属にもかかわらず、甘利氏は「河野不支持」を示唆している。

「河野さんといえば、“無駄排除”が旗印の、徹底的な合理主義者といわれますよね」

 と言葉を継ぐのは、別の自民党関係者。

「しかし、それもパフォーマンスが多分に入っていると思います。外務大臣時代、無駄を排するとの名目で、外遊時に連れていくスタッフの人数を半減させた。それはいいのですが、彼は『スタンプラリー外交』と揶揄(やゆ)されるほど世界の国と地域を回り、その数は120を超えました。結局、費用が嵩(かさ)んでしまい、外務省は大弱り。同行した幹部がエコノミー席に座り、経費削減に努めていました」

 防衛大臣時代にも、

「無駄削減のため、自衛隊の装備品をオークションに出したのですが、結局600万円ほどしか儲からなかった。自衛隊員が経費削減のため、トイレットペーパーを自腹で購入した例があるとの話を聞き、数十年分といわれるほど大量に差し入れしました。が、その一方で、戦闘機・F15の改修計画の見直しを検討させた。国防上の大問題ですし、寝耳に水でもあったため、現場からは“トイレットペーパーより戦闘機を買ってくれ”との怨嗟の声が上がっていました」

 何ともちぐはぐな話なのである。

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