「いつ死んでもいいのかな…」 「熊谷6人殺し」遺族が憤る「加害者天国ニッポン」

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 世の中は複雑極まりないが、例外的に単純なことがある。殺人者こそ悪であり、無辜(むこ)の被害者に罪はない。だが、警察も検察も被害者側を守ってくれない国が存在する。6年前の「熊谷6人殺し」。未だ裁判が続く事件が浮き彫りにした「加害者天国ニッポン」の実像。

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「お骨を墓に納めてしまうと、何となく三人と心が遠くなってしまうような気がするので……」

 どんよりとした曇り空から、夏の雨が降っていた8月のお盆初日。加藤さん(48)は、自宅近くの寺院まで車を走らせた。顔なじみの住職に案内されて本堂に上がり、内陣の脇に三つ並んだ骨壺の前で、そっと手を合わせる。骨壺は、娘たちが好きだったお菓子や花々に囲まれていた。

「今も本堂に安置してもらっています」

 あれから6年、事件はまだ終わっていない――。

 地域住民の安全を守り、犯罪者を取り締まるはずの警察は一体、何をしていたのか。そんな「警察の罪」を問う民事訴訟が今、さいたま地裁で開かれ、いよいよ大詰めを迎えている。

 2015年9月14日から16日にかけて、埼玉県熊谷市の民家3軒で計6人が無差別に殺害された。「熊谷6人殺し」として知られる残忍極まりない事件だ。

 3軒目で犠牲となった妻の加藤美和子さん(41)=当時=と長女の美咲さん(10)=同=、次女の春花さん(7)=同=を一気に喪った加藤さんは事件発生から3年が過ぎた18年9月、県警を所管する埼玉県を相手取り、約6400万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。理由をこう説明する。

「すでに1軒目で殺人事件が発生し、犯人が私の家の周辺を逃げ回り、警察犬まで出して捜索していた。にもかかわらず、なぜ防災無線などを使って住民に周知徹底していなかったのか」

 加藤さんの家族を殺害した直後に逮捕された犯人は、ペルー国籍のナカダ・ルデルナ・バイロン・ジョナタン(30)=当時=。ナカダは15年9月14日に1軒目で50代の夫婦を、翌15日から16日にかけて2軒目で80代の女性をそれぞれ刃物で襲い、16日に3軒目の加藤さん宅に侵入した。

 県警が1軒目の事件発生時にパトロールや周知を徹底していたら、事件は続発しなかったのではないか。家族を奪われたのはナカダはもちろん、「警察のせい」でもあったとの思いを、加藤さんは拭えなかった。

 同時にナカダ逮捕後の県警の対応にも苛立ちが募った。幹部が加藤さん宅へ、事件の検証報告書の説明に来た時に謝罪はなく、仏壇に線香すらあげてもらえなかった。

 抑えられない警察不信。

 加藤さんは、熊谷署に一人で乗り込み、県警本部の幹部らを相手に問い詰めた。

「警察官として捜査に悔いが残る点はあるのか」

「捜査に誇りは持てているのか」

 いずれの質問に対しても黙りこくるか、

「お答えできない」

 の一点張り。

 妻と娘たちへの謝罪を迫ってもはぐらかされ、逆に説教までされた。

「そんなんじゃ、亡くなった三人が報われない。頑張って生きなくちゃダメだ」

 これには思わず声を荒らげてしまったと、加藤さんが当時の心境を回想する。

「ふざけるなと思いました。まだ心の傷が癒えていない時に、しかも身内にもそんな無神経な言葉を掛けられたことがないのに、あかの他人になぜそんなことを言われなきゃならないのか。署内に私の怒鳴り声が響くくらいに叫びました」

 ただでさえ家族三人を喪った憤怒と喪失感に苛まれているのに、その傷口に塩を擦り込まれ、「警察との闘い」まで強いられることになるとは……。

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