AIで消えるのは頭脳労働? 長文要約AI「ELYZA DIGEST」を使ってみて(古市憲寿)

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 連日のようにAIのすごさを伝えるニュースが飛び込んでくる。最近では長文要約AI「ELYZA DIGEST」が話題になった。ニュースや小説のような長文テキストをAIが3行に要約してくれるのだ。

 前回の原稿で試してみたら「ノルウェーに『未来の図書館』と呼ばれるプロジェクトがある。樹木を植林し、100年後に成長した木を使って本を印刷するというプロジェクト。執筆者は計画開始から2014年から2114年まで毎年1名ずつ選ばれている」。何の問題もない。

 他にも、作曲家や、アナウンサーのようなAIも登場し、いつかは人間の仕事がなくなるかもと錯覚しそうになる。世を騒がすAIの多くは、「頭脳労働」と思われてきた仕事ができると謳う。しかし介護や保育など、いわゆるエッセンシャルワークがAIに代替される気配は全くない。

 当然ながら、AIという「頭」だけでは介護士の代わりにならない。歩行や排泄の介助をするには「体」がいる。しかし完全に人間の代わりになるロボットの実用化は、技術的に当面先だ。

 もしもAIの発展が順調に進むのなら、「みんなの憧れる仕事ばかりがAIに取って代わられる未来」が訪れる。ミュージシャン、アナウンサー、弁護士や会計士といった人気職業ではどんどんAIが活躍するようになり、エッセンシャルワーカーだけは人間ばかりという時代が来る可能性がある。

 10年ほど前、中国で「蟻族」という言葉が流行語になった。いわゆる中国版の高学歴ワーキングプアである。高い知能を持ちながら、大都市郊外の「群居村」でルームシェアをして暮らす様子が「蟻」に喩えられたのだ(廉思編『蟻族』)。

 蟻族の不幸はミスマッチにあった。彼らは自分のことを大卒のエリートと思っている。だから大量の求人がある建設業などの肉体労働には就きたくない。だが知的労働の募集は限られる。結局、日銭を稼ぐため不安定な非正規雇用を繰り返すしかない。そして、自分は社会に評価されていないという鬱屈ばかりが溜まっていく。創造的な仕事をこなすAIが普及するほど、このミスマッチは世界的に深刻になっていくだろう。

 狡猾なのはUber Eats方式だ。配達員がゲームのように食事を届ける仕組みが構築されている。指定件数を配達すると特別報酬がもらえたり、「日跨ぎクエスト」「悪天候クエスト」のようなボーナス制度もある。

 配達員という仕事は新しくも何ともない。昭和にも「出前の兄ちゃん」が活躍していた。そのような古くからある仕事を、Uber Eatsというブランドと、ゲーム性のある勤労体系で生まれ変わらせてみせたのだ。

 近未来、介護士や保育士も「ケアギバー」と呼ばれ、介助はクエスト制になり、要介護者の評価によって日々の報酬が変動するようになるかもしれない。人間をより効率的に、献身的に働かせるための計算にはAIが役立つのだろう。客観的にはディストピアに思えるが、主観的にはユートピアなのだろうか。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2021年9月16日号掲載

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