「日本共産党と暴力的革命」 八代弁護士のコメントと共産党抗議の背景を徹底解説

国内 政治 2021年9月15日掲載

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 テレビのコメンテーターとしてお馴染みの八代英輝弁護士の発言が批判を浴びている。

 問題とされたのは、9月10日、「ひるおび!」(TBS系)での日本共産党(以下、共産党)に関するコメント。

「(志位和夫委員長らは)つい最近、『敵の出方』って言い方をやめようと言いましたが、共産党は『暴力的な革命』っていうものを、党の要綱として廃止していませんから。よくそういうところと(立憲民主党らは)組もうって話になるな、と個人的には感じます」

 これに即座に反応したのが、共産党の志位委員長。同日、ツイッターで次のように猛抗議をした。

「TBS系『ひるおび!』で出演者が『共産党は暴力的な革命を廃止していない』などと述べたことに対し、党広報部植木部長は、局の担当者に抗議し、番組としての謝罪と訂正を求めました。担当者は『申し訳ない』とのべ、訂正については検討すると答えました。

 事実無根の卑劣なデマは絶対に許せません」

 実のところ、共産党には「要綱」は存在しておらず、それに該当するのは「綱領」である。また、さすがにそこで「暴力的な革命」を謳っているわけではない。その意味で志位委員長が「事実無根」と言いたくなるのも無理はない。結局、八代弁護士は番組内で訂正し、謝罪することになった。

共産党は「破壊活動防止法」の調査団体

 ではなぜ八代弁護士はそのようなことを言ったのか。

 彼は「私の認識は閣議決定された政府見解に基づいたものでした」と弁明している。

 ここで触れている「閣議決定」とは何か。

 共産党側の気持ちはさておいて、彼らは現在も破壊活動防止法の調査団体ということになっているという点は事実である。まず、破壊活動防止法について見てみよう。第1条には、目的が次のように書かれている。

「第1条 この法律は,団体の活動として暴力主義的破壊活動を行つた団体に対する必要な規制措置を定めるとともに,暴力主義的破壊活動に関する刑罰規定を補整し,もつて,公共の安全の確保に寄与することを目的とする」

 そして、いまでも共産党はこの法律に基づく調査団体、というのが政府の公式見解なのである。以下は『日本共産党の正体』(福冨健一・著)をもとに解説してみよう(以下、引用は同書より)

「2016年3月14日、衆議院議員の鈴木貴子が、『日本共産党と「破壊活動防止法」に関する質問主意書』を政府に提出し、共産党は破防法の調査団体かどうか確認を求めています。これに対し政府は、

『日本共産党は、現在においても、破壊活動防止法に基づく調査団体である』

『いわゆる敵の出方論に立った「暴力革命の方針」に変更はないものと認識している』

『日本共産党が、昭和20年8月15日以降、日本国内において暴力主義的破壊活動を行った疑いがあるものと認識している』

 という答弁書を3月22日、閣議決定しています」

 要するに、2016年の時点で政府は、日本共産党は過去に国内で乱暴な破壊活動をやった疑いがあるし、いまでも「暴力革命」をする可能性がある団体だという認識だ、と言っているのだ。

 この認識が正しいかどうかは別として、八代弁護士の発言の背景にはこのあたりのことがあったというわけだ。

 もちろん、コメンテーターの発言すら看過しない共産党である。当時のこの答弁書に黙っているはずはなかった。

「答弁書に対し共産党書記局長の山下芳生(当時)は、

『公安調査庁は36年間調査したが破防法の適用申請を一回もしていない』

『わが党は正規の機関で「暴力革命の方針」をとったことは一度もない』

『憲法上の結社の自由に対する侵害だ。厳重に抗議し、答弁書の撤回を求めたい』

 など、政府答弁書の撤回を要求しています」

 このあたりのことは、世代によって受け止め方が異なるところだろう。ただ、実際に共産党がなかなか荒っぽい革命方針を掲げていた時代があったのは事実である。

不破哲三氏が語った「軍事方針」

 たとえば、かつて党書記局長をつとめた不破哲三氏は、自著で次のような「軍事方針」を語っている。

「われわれが軍事組織をつくり武装し、行動する以外にない」

 これは1951年の段階での方針。ここでの「軍事」や「武装」は比喩でなくて、そのままの意味である。この方針が掲載された非合法雑誌には、「軍事組織をつくること」が推奨されていたり、「火炎手榴弾などの製造法」が紹介されていたりしたというからすさまじい。

 これに限らず、当時の彼らはなかなか物騒なのだ。ちなみに不破氏は志位委員長の前任者である。

 志位委員長は、9月10日にツイッターで

「どんな場合でも、平和的・合法的に社会変革の事業を進めるということが、日本共産党の一貫した立場です。」

 と述べているが、これはこれで都合の悪い過去を無視しているのでは、という批判を浴びる余地があるだろう。綱領に話を戻そう。

「(共産党の)51年綱領は、『日本は、アメリカ帝国主義者の隷属のもとにおかれ、自由と独立をうしない、基本的な人権さえうしなってしまった』とアメリカをアメリカ帝国主義者と批判しています。

 同時に、『日本の解放と民主的変革を、平和の手段によって達成しうると考えるのはまちがいである』と、これまでの『平和革命論』と180度違う『武装闘争必然論』を掲げています」

 もちろん、この路線で今日まで突っ走ったわけではなく、1958年には別の方針が打ち出される。これが八代弁護士のコメントにもある「敵の出方論」というものだ。

「『どういう手段で革命が達成できるかは、最後的には敵の出方によってきまることである』

 こういう考え方に修正をしたのです。つまり、革命の方法論は、GHQ占領下では『平和革命論』、51年綱領では『暴力革命論』、61年綱領以降は『敵の出方論』と変化してきたのです」

 1961年といってももう半世紀も昔の話と思われるかもしれないが、実はこのあと長いあいだ、同党の綱領は大きく変わらず、大幅な変更が加えられたのは2004年になってからだ。

 ここではさすがに「武装」「敵」といったワードは消えている。とはいえ、「アメリカ帝国主義と日本独占資本を倒して民主主義革命を行う」「民主連合政府による民主主義革命は多数者革命である」といったあたりに、昔の名残を感じる向きもいることだろう。

 今後、八代弁護士のような発言を防ぐためには、不破前委員長の主張をはじめとする過去の党関係者らの言動を自ら検証して、徹底批判してみるところから始めるのもいいかもしれない。

デイリー新潮編集部