不倫モノなのにほっこり系の「うきわ」 稀に見る丁寧な心情描写が心に染みる

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 今期ドラマは謎の不倫ブーム。夫に浮気されてホームレスになったり、サイコパス妻に浮気された挙句に論破されたり、家を襲撃してきた浮気相手の女性を殺してしまったり。割と凄惨な不倫劇が多くて身震いしていたのだが、ひとつだけ、殺伐とせず、牧歌的な不倫劇がある。テレ東の「うきわ─友達以上、不倫未満─」だ。

 夫の転勤で東京に来た専業主婦が主人公。演じるは門脇麦。後れ毛フェチの私としては、麦の斜め後ろから映す顔が大好物。純朴な広島弁と寂しげな表情がぐっと惹きつけるのよね。

 そこそこモテる夫(必ず浮気がバレる夫役といえば、日本屈指の大東駿介)は、転勤直後から後輩(蓮佛美沙子)と浮気する。歓迎会だ、残業だと、妙に帰りが遅くなった夫の携帯には頻繁に「車修理110番」からLINEが。麦の疑念は次第に確信へと変わっていく。

 一方、社宅の隣室に住むのは、大東の上司で課長の森山直太朗。妻の西田尚美と共働きの家庭。こっちはこっちで、西田が若き貧乏陶芸家(田中樹(じゅり))と不倫中。

 浮気されている共通点をもつ麦と森山が、日々の暮らしの中で徐々に距離を縮めて心通わせる物語である。

 ベランダの隣室との境界にある薄い壁、あれ何と呼ぶのかな、蹴破り戸? とにかくその壁ごしに会話したのを機に、仲良くなるふたり。朝のゴミ捨て場でも会話するようになり、友達以上不倫未満になっていく。

 不倫モノだが安っぽい復讐劇でも凄惨な泥仕合でもなく、ほっこり系。不倫でほっこりってなんだよと思うが、その最大の理由は丁寧な心情描写の映像のお陰。

 初回、麦は広大な海に浮いていた(東京に来たときの不安感が伝わる)。そして溺れかける(夫の浮気を知って)。浮き輪を見つけて必死でしがみつく。浮き輪を引っ張ってくれる人がいて助かった(それが森山)。

 すべて麦の心の状態を表す映像だが、美しくてシュールな暗喩に魅了された。昨今は撮影せず、イラストやアニメ、スマホ画面で済ませる表現法が跋扈しとるのにね。これだけではない。

 森山と話せる朝のゴミ出しタイムを楽しみにしていた麦が、夫のタクシー朝帰り、しかも会社の女性(事情ツウの小西桜子)と一緒に降りてきた場面に遭遇したときの心情描写が最高。砂場で森山とお城を作っていたら、大東と小西がはしゃぎながらそれを蹴散らかすという映像。朝帰り目撃の衝撃ではなく、森山との逢瀬を無神経にブチ壊された悲しみが伝わってくる。

 ここまで心情描写を丁寧に見せる(撮影する)ドラマは珍しいし、より深く心に染み入ってくるものがある。

 一方で、森山&西田夫妻の心のすれ違いはそれぞれにちゃんと語らせる。そういうとこ、大事。ドラマ制作の良心と矜持を感じるわ。お互いを「ツボを圧し間違える指圧師」「全然とれないUFOキャッチャー」と表現。妊活を機に心が離れてしまった夫婦の選ぶ言葉が切なくて泣けてしまった。

 前言撤回。ほっこり系なんて安易な一括りはよくない。夫婦の現実を丁寧に残酷に高画質で描く傑作だよ。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2021年9月16日号掲載

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