2050年温室効果ガスゼロへ 洋上からの戦略――橋本 剛(商船三井代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

  • ブックマーク

Advertisement

CO2回収を事業化する

佐藤 その中でも新たな商機をとらえておられますね。洋上の風力発電設備設置用の船も保有されている。

橋本 洋上風力発電事業そのものもやっていきたいのですが、まずは風力発電設備の据付工事やメンテナンスに従事する人・モノの輸送など、洋上風力発電を支えるさまざまなサービスを提供していきます。

佐藤 それからCO2の回収も事業化されようとしていますね。

橋本 CO2については、再生可能エネルギーや水素発電などに集中してCO2をまったく出さない方向に進むのか、CO2は出るが、それを回収して貯蔵し再利用していくのか、という二つの方向があります。このどちらかになるのか、あるいは組み合わせていくのか、船会社では判断がつきませんが、どちらかというと、回収、貯蔵、再利用のCO2サイクルを作り出す方が現実的で理にかなっている気がします。

佐藤 再生可能エネルギーでも水素でも、その装置を作り発電するまでにCO2は出ますからね。抜本的にCO2を出さないとなると、核融合くらいしかないでしょう。

橋本 先進国の製鉄や発電の過程で発生するCO2をゼロにすることはなかなかできないでしょうし、またいま稼働している既存のインフラを全部無駄にする必要もありません。だから現実に即して考えれば、出てきたCO2を回収し、どこかに貯蔵してもいいし、再利用してもいい。

佐藤 具体的にはどういう事業になるのですか。

橋本 CO2を回収、液化して運ぶことをベースに、貯蔵の仕組みを構築したり、LNGプラントへ持っていって、CO2に水素をぶつけて合成メタンを作り、それを燃料として利用するCO2サイクルを作るかですね。これらはいまの技術から、比較的取り組みやすいビジネスと言えます。

佐藤 もし埋めるとなると、どんなところが考えられるのですか。

橋本 日本で出たCO2を国内で処理するのは難しいでしょうね。

佐藤 どの都道府県も引き受けないでしょう。

橋本 そもそもスペースがない。やはり石油やガス、石炭などの鉱山跡地に封入するのがいいと思います。その場合でも、CO2を液化して運ぶ船が必要になります。

佐藤 もう実用化できる段階なのですか。

橋本 量はすごく少ないのですが、消火器の中に詰めたり炭酸水に使うなど、工業用のCO2は流通しています。日本では規模が小さいのでトラック輸送で十分ですが、ヨーロッパでは数千トンクラスではあるものの、船で運んでいます。ですからまず液化CO2の船舶管理を行っているノルウェーの会社に出資し、ヨーロッパでのCO2輸送事業に参画したところです。そこで使われている船は小型ですが、CO2の回収、貯蔵、再利用のためのCO2輸送には大型船でないと対応できないかと思いますので、そこで学んだハンドリングの技術を活かして、近い将来に大型のプロジェクトをテイクオフさせたいと思っています。

佐藤 これは大きな事業になると思いますよ。

橋本 CO2削減は大変な課題ですが、事業として夢があるというか、取り組み甲斐のある仕事だと思っています。

社会インフラの会社へ

佐藤 海運会社といっても、もはやただ運んでいる会社ではないのですね。この他にも、数々のインフラ事業を手がけておられる。

橋本 海運業は極端に景気変動サイクルの影響を受ける業界で、いい時と悪い時の落差がすごいのです。これは宿命的なもので、だいたいの船会社は少しお金が貯まると、不動産や倉庫を買って、資産を分散させます。それによって景気変動の波を中和できるようにしてきました。

佐藤 ビル経営のダイビルもグループですね。

橋本 ええ。ただ、儲かった時に不動産を買うだけなのも、戦略として不十分です。そこに私どもの理念や部門間のシナジー(相乗効果)を活かせるよう、事業を再定義すると、弊社の役割は、海運業から出発して、陸上も含めたさまざまな形の社会インフラを作り、皆様に喜んでいただけるサービスを提供することだと思うのです。

佐藤 その一つが、動く船ではなく、海に浮かべた施設で石油やガスの生産、貯蔵、積出しをする事業ですね。

橋本 最近の大きな柱としては、FPSO(浮体式海洋石油・ガス生産貯蔵積出設備)と、LNGに特化したFSRU(浮体式LNG貯蔵・再ガス化設備)がありますが、これらは洋上で石油やLNGを効率よく貯蔵し、それを船や陸の発電施設に送り出す施設です。FSRUは、マイナス160度で液化され、600分の1の体積で運ばれてきたLNGを貯蔵し、発電に必要な量を再ガス化してパイプラインで陸に流すのです。

佐藤 これも高い技術力に支えられている。

橋本 アジアでFSRUの保有・操業を行っているのは当社のみですが、世界でFSRUを事業として扱っている会社は5、6社くらいでしょうか。どこもヨーロッパの名門海運会社で、伝統的な海運業から脱却してこの分野に進むのが一つの流れになっています。それらに加えて、FSRUにLNG焚きの発電船を組み合わせ、洋上で発電して陸へ電力を供給する事業をトルコの会社と始めました。これは世界初の試みです。

佐藤 そうした事業はどこで行っているのですか。

橋本 アフリカや東南アジアの国々など、いま電気がなくて困っている地域が対象ですね。洋上なら、発電プラント整備のために土地を取得したり土壌を改良したり、基礎工事したりする必要がありません。また従来の石炭火力発電に比べれば、LNGでの発電は環境負荷も小さく済みます。環境に配慮しつつ、その国に電気を安定供給できる。ですから社会的課題を解決する意義のある事業だと思っています。

佐藤 これらは外国での事業になりますね。海運自体に関しても日本の仕事は減っていますか。

橋本 いろいろな国の港で荷物を積み込んでいきますから、一概に日本発着貨物の割合を言うのは難しいのですが、全体の3~4割くらいでしょうね。

佐藤 その程度なのですか。

橋本 コンテナ船になりますと、マーケット全体ではアジア・北米間で日本発は4%ほどしかありません。コンテナ船に関しては、2017年に弊社と日本郵船、川崎汽船の大手3社が事業を統合して、オーシャン・ネットワーク・エクスプレスという会社を作ったのですが、そこでも10%いくかいかないかです。

佐藤 もはや日本中心ではない。日本は港湾の整備も遅れていますからね。

橋本 そうですね。とはいえ日本向けの鉄鉱石やLNG、石油輸送の割合は大きいので、売り上げランキングならまだ日本が一番だとは思います。ただ発着地から見れば、6~7割は日本に関係ないトレードで、この傾向はさらに強まっていくと思います。

佐藤 こうした仕事を展開していくにあたって、これからどんな人材が欲しいですか。

橋本 まずは安全運航をきちんとやらなくてはいけませんから、オペレーションがしっかりできる、計画的な事業運営ができる人材ということになりますね。

佐藤 海運ではそうですね。

橋本 会社を動かしていく人材となると、やはり海外に出て、当たり負けのしない、プロジェクト開発力がある人ですね。それには佐藤さんがご専門の情報収集や分析能力も必要になります。

佐藤 外国での交渉では、思いもよらぬ困難な状況が出てきます。

橋本 そこをなんとか乗り切っていくタフさ、打開していくアイデアを思いつくイマジネーションの力が必要です。でもそれを一人の人間に求めるのは無理がある。だから人材のポートフォリオみたいなものを考えていかなければならないと思います。

佐藤 日本人だけでは難しいでしょうね。

橋本 インド人や華僑系の人たちの力はすごいですよ。幸い、インドやフィリピンの人たちはずいぶん前から当社の船に乗っていて、人材のプールがあります。彼らの中には非常に野心的でスキルやリテラシーの高い人たちがいます。彼らと日本人をうまく組み合わせて組織を作っていければと思っています。

橋本 剛(はしもとたけし) 商船三井代表取締役社長
1957年東京生まれ。京都大学文学部卒。82年大阪商船三井船舶(当時)入社。ロンドン勤務を経て、90年代は主にLNG船輸送業務を担当。インド・グジャラート州のLNG受け入れプロジェクトを牽引した。2008年LNG船部長、09年執行役員、12年常務、19年副社長を経て、21年4月社長に就任した。

週刊新潮 2021年8月5日号掲載

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。