2050年温室効果ガスゼロへ 洋上からの戦略――橋本 剛(商船三井代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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 大手海運会社として初めて「温室効果ガス排出ゼロ」を目標に掲げた商船三井。まずは船舶の燃料を重油から液化天然ガスに転換する一方、省エネ化も図り、同時にアンモニアや水素で動く「脱炭素船」開発を進める。さらには、CO2を回収し、運搬、貯蔵、リサイクルする事業も動き出していた。

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佐藤 橋本さんは今年4月に社長に就任されたところですが、経歴を拝見すると、若い頃には京都、ロンドンと、私と重なる場所が多いですね。京都は何年から何年まででしたか。

橋本 1977年に京都大学に入学して、1982年に卒業しました。

佐藤 私は1979年に同志社大学に入学し、大学院を出たのが1985年ですから、重なっていますね。大学では何が専攻だったのですか。

橋本 恥ずかしいのであまり表に出していませんが、文学部で中国古典文学を専攻しました。その中でも詩です。

佐藤 小説家としても知られる中国文学者・高橋和巳の後輩になるわけですね。

橋本 そうです。当時は彼に影響を受けた学生が集まったような雰囲気がありました。

佐藤 よくわかります。では就職して、ロンドンはいつくらいですか。

橋本 1989年から1994年までです。佐藤さんがモスクワにいらした頃ですね。

佐藤 私は1986年から1年間、ロンドン北西部にあるバッキンガムシャーの陸軍語学学校でロシア語を学びましたが、橋本社長がロンドンにいらした時期だと、1991年のロンドンサミットには行きましたね。

橋本 実は、私は長らくロシアとも仕事をしていまして、役員時代にヤマル半島のLNG(液化天然ガス)プロジェクトを担当していたんです。

佐藤 そうでしたか。あれは非常に重要なロシアの国家プロジェクトです。前の日本大使だったエフゲニー・アファナシエフさんがいま、LNGプロジェクトを推進したノバテック社の顧問になっています。

橋本 ヤマルは面白そうな案件でしたが、いろいろリスクもありそうで、参入するかどうか悩んでいたんです。そんな時、佐藤さんの本を何冊か拝読してロシア情勢を勉強し、ずいぶん参考になりました。いろいろ苦労もあったのですが、やってよかったですね。

佐藤 ヤマルのプロジェクトに入られているのは、とても三井系らしいと思います。ロシアの事業に参入する日本の会社には、それぞれカラーがあります。まず三菱系は本気で入ってこない。強いのは三井系と、いまは双日となった日商岩井系ですが、哲学が違います。

橋本 そうなのですか。

佐藤 共産主義体制時代から強かった日商岩井系は地理を重視します。重点地域は極東やサハリンで、そこのプロジェクトには参加する。一方、三井系はクレムリン(政治の中枢)を見ています。その時にクレムリンが何に関心を持っているかを考えて動く。ヤマルはプーチン政権の重大国家プロジェクトで、政権が続く限り、リターンがあると思います。

橋本 たしかにロシアのLNG事業は、ちゃんと仕事をしていれば応じていただけ、それなりのリターンを確保できるな、という印象はありますね。

佐藤 ヤマルはユーラシア大陸北部の中ほどにありますから、北極海航路を通ってLNGを運んでくるわけですね。ヤマル半島が面する北極海のカラ海は一年の大半が凍っています。

橋本 そこで砕氷LNG船を作りました。北極海で砕氷LNG船を運航するのは世界で初めての試みです。夏季と冬季では航路が違いますが、夏はロシア沿岸の北極海を通り、ベーリング海峡を抜けてアジアに下りてきます。東アジアまで15日、逆に回ってスエズ運河を通ると35日ですから、時間も節約できますし、燃料も約30%削減できます。

佐藤 この北極海航路は政治的に非常に重要な要素で、北方領土問題と直結します。北極海からベーリング海峡を通って南下し、どこかロシアの港に入ろうとすれば、宗谷海峡か津軽海峡、あるいは大回りして対馬海峡を通らなくてはなりません。

橋本 そうですね。

佐藤 よく間宮海峡があるじゃないかという人がいますが、あそこは冬場凍結していますし――。

橋本 通れませんね。

佐藤 水深が浅く、大型船は通航できませんよね。だから北極海航路がどんどん利用できるようになってくると、日本のどこかの海峡を通らざるをえない。ロシアとしては、日本との関係を良好に保たなくてはならなくなります。

橋本 なるほど、プロジェクトが成功すれば日ロ関係にプラスに働く効果もあるわけですね。

佐藤 ひと昔前まで、日本は4島一括返還でがんばってきましたが、それだとロシアが受け入れられない。国後島と択捉島の間は、潜水艦の航路になっていますから。ところが安倍政権になって変わってきた。

橋本 2島返還ですね。2島プラスアルファ。

佐藤 そうなったので、安全保障上の懸念がなくなった。それで安倍政権時代にロシアも交渉に乗り出してきたのです。

橋本 まさにその時期ですね。事業に参入したのは。

温室効果ガスゼロ宣言

佐藤 これからは、石油に比べてCO2排出量の少ないLNGが重要になりますから、会社としても非常に有益な事業になりましたね。

橋本 脱炭素化社会に向け、まずは燃料を石油・石炭からLNGに移行させることが重要です。ですから、LNG事業は大きく展開していこうと思っています。

佐藤 橋本社長は就任後まもなく、国内大手海運業者で初めて、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする目標を掲げました。菅政権が号令をかけているとはいえ、かなり思い切った方針ですが、どのような戦略を描いておられますか。

橋本 「2050年ネットゼロ・エミッション」と呼んでいますが、まずは会社のスタンスをはっきりさせなければと考えました。それがないと、どこに向かって何に投資していくかが曖昧になってしまいます。

佐藤 まさに「Show the flag」、旗幟(きし)を鮮明にしたわけですね。

橋本 環境への投資は非常にお金がかかります。足元の経済性だけを考えれば、しばらくは温室効果ガス実質ゼロなど目指さず、残存者利益を追求するという考え方もあります。それはそれなりに目先の利益は底堅く得られる可能性もありますが、やはりいつかは必ずトレンドに乗り遅れてしまうだろうと考えました。

佐藤 もう世界的な潮流ですからね。

橋本 海運業は完全にグローバル・ビジネスになっていて、競争相手が世界中に存在します。ハンデもなければアドバンテージもないという中で彼らと戦っていくわけですが、弊社はコストを下げ、安い運賃で勝負するのではなく、逆にクオリティを高めて、お客様に選んでもらえるようなサービスを提供しなければなりません。ヤマルもそうですが、付加価値の高いサービスを提供することが評価されてきました。

佐藤 極寒の地でも対応できる技術力がある。

橋本 技術的に難しく、誰でもできるわけではない事業を引き受け、その中で利益を出してきました。環境問題に対処するにも高い技術力が必要ですから、他に先んじて、ある程度のポジションを作っておけば、国内外のお客様から、環境問題に積極的な会社として選んでもらえるだろうと考えました。また、何よりも社内の人々の考え方をある程度整理する必要があると思っていました。

佐藤 温室効果ガスの問題は、もう少し経つと、フェアトレードのようなシビアな話になってくると思います。いまはSDGs大合唱で、企業イメージのプラスになるという程度に付き合う企業も多いわけですが、やがてコーヒーやタバコのように、どういうやり方で生産しているのかが問われてくる。するとそこへの対応自体が企業の存続に関わってくる。

橋本 おっしゃる通りで、これからCO2排出税など、さまざまなものが制度化されてくるでしょうね。だから何をやるにしてもコストが掛かるようになってくる。そうなる前に、今年から3年間で環境分野に約2千億円の投資をするつもりです。

佐藤 2050年までのタイムスケジュールは、どのように描いておられるのですか。

橋本 取りあえず前半と後半に分け、いまから2035年くらいまでは、燃料を重油ではなくLNGにする船を作ったり、船の省エネ化を進めたり、あるいは船を大型化することで輸送単位当たりのCO2排出量を下げるなど、既存の技術を組み合わせて対応していきます。それによって4割から5割の温室効果ガス削減は可能だと思います。

佐藤 そこまでは目処(めど)がついている。

橋本 はい。そこから温室効果ガスゼロに持っていくには、新しい技術が必要になってきます。アンモニアや水素を燃料にしたり、電池を使うなど、船の上でまったくCO2が出ない方法を開発していかなければなりません。それぞれ実験船としては、ある程度開発できていますが、あまりにコストがかかりすぎ、現時点では大規模な実用化はまだできません。

佐藤 技術があることと採算が取れることは、まったく違いますからね。

橋本 向こう15年くらいの間は、私どもができることを一所懸命にやっているうちに技術も進歩していくでしょうし、政治的、経済的な枠組もできてくるでしょう。ただ、温室効果ガスをまったく排出しない外航船を作るには、政府からか、世界全体での枠組としてかはわかりませんが、何らかの形である程度ファイナンスを受けないと民間企業の資金力だけでは難しいかもしれません。

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