アルツハイマー治療薬「アデュカヌマブ」の希望と課題 「脳内のゴミ」を除去、米国が世界初の承認

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 4年後には患者数が700万人を超えると言われている認知症のうち、7割を占めるアルツハイマー型認知症。先ごろ、米食品医薬品局(FDA)はアルツハイマー病治療薬「アデュカヌマブ」を条件付きで承認したが、それは「夢の薬」と言えるのか、はたまた……。

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 言うまでもなく、病と闘わなければならないのは病を得た当人である。しかし、それが大病だった場合、影響は家族、時にはその周辺にも及ぶ。例えば末期がんであれば、残酷に進む「死へのカウントダウン」を家族も一緒に受け止めなければならない。脳梗塞など、後遺症を伴うことがある病気では、介護という物理的な負担も降りかかってくる。

 同様に、病状が進めば介護が必要になる認知症の場合、「時には家族すら認識できなくなってしまう哀しさ」を直視せざるを得なくなるため、その苦労や精神的負担は過酷なものになる。

 2025年には患者数が700万人を超えるといわれている認知症。脳血管性認知症やレビー小体型認知症などもあるが、全体の7割を占めているのが、アルツハイマー型認知症である。軽度認知障害(MCI)や患者の家族なども含め、多くの関係者にとって「朗報」となるかもしれないニュースが報じられたのは、去る6月8日のことであった。

〈米、アルツハイマー薬承認 エーザイなど開発 追加の試験要請〉(同日付読売新聞朝刊)

 米製薬企業バイオジェンと日本のエーザイが共同開発するアルツハイマー治療薬「アデュカヌマブ」(商品名アデュヘルム)を承認した、と発表したのは米食品医薬品局(FDA)。

〈アルツハイマー病の進行抑制を図る薬の承認は世界初となる〉(同記事より)

 が、FDAは、「有効性の面で不確実性が残る」として、バイオジェンに追加の臨床試験を行うよう求めたという。

『認知症の新しい常識』(新潮新書)の著者で科学ライターの緑慎也氏が解説する。

「アルツハイマーの既存薬としてはエーザイのアリセプトなどが挙げられますが、それらは対症療法的な薬です。アルツハイマーは脳の神経細胞がどんどん死んでいって、記憶を失うなどの症状が出てくるわけですが、アリセプトなどにはその神経細胞を回復させる力はない。一方、アデュカヌマブの場合、神経細胞を弱らせる原因を減らす働きをします」

 その原因物質については、聞いたことがある方も多かろう。アミロイドβ。アルツハイマー型認知症とは、たんぱく質の老廃物であるアミロイドβが脳内に溜まることによって起こる認知症のことである。

「アルツハイマーで亡くなった方の脳を調べると、老人斑という黒いシミが多く見つかるので、いかにもこれが悪さをしているように思えてしまう。実際、老人斑を取り除こうとする薬がいくつも創られようとしたのですが、ことごとく失敗に終わっています」

 と、緑氏は語る。

「アミロイドβはアルツハイマーを発症する20年ほど前から少しずつ脳内に溜まり始めます。それがくっついて形を変え、最終的にプラークという塊、いわゆる老人斑になるのです。最初は単体のモノマーと呼ばれる状態で、モノマー同士がくっつくとダイマーと呼ばれ、塊の数が増えて大きくなってくると、オリゴマー、プロトフィブリル、フィブリル、とそれぞれの段階で呼ばれ、最終的に老人斑になるわけです」

 あたかも“出世魚”のように名を変えるその過程について知っておく必要があるのは、

「以前は一番目立つ老人斑をターゲットにして創薬しようとしていたのですが、今では途中段階のオリゴマーからフィブリルの間のアミロイドβが毒性を持っており、老人斑についてはすでに毒性を失っている段階だと分かってきた」(同)

 からで、緑氏は、

「生ごみを想像すると分かりやすいでしょう。生ごみは乾燥してカサカサになってしまえば臭いもしないし気にならなくなる。しかし、乾燥前の生ごみは悪臭を放っていますよね」

 とした上で、こう話す。

「アミロイドβも同じで、途中段階の方がどうも悪さをしているということが分かってきたわけです。そこで、製薬各社は途中のいろいろな段階を狙って薬を創るようになった。アデュカヌマブはオリゴマーからフィブリルにかけての段階に特に作用する薬です」

病の進行を23%抑制

 順天堂大学名誉教授の新井平伊氏によると、

「アデュカヌマブのターゲットとなるのは、今回の治験でも主な対象となったアルツハイマーの前段階、すなわちMCIです。すでにアルツハイマーを発症している段階だと、神経細胞がダメージを受けきっているので、アミロイドβを取り除いたところであまり意味がない。しかし、MCIの段階でアミロイドβを除去すれば、まだダメージを受けていない神経細胞を守ることができます」

 そんな新薬について、FDAはすんなりと承認したわけではない。そもそも、今回の承認は、「迅速承認」と呼ばれるものである。

 深刻で治療法のない病気への新薬を早く実用化するための例外的な措置だ。

 異例な点はそれ以外にもある。アデュカヌマブの第3相試験(フェーズIII)が始まったのは15年だが、

「19年3月、独立安全性データモニタリング委員会の勧告によって試験の中止を余儀なくされました。中止判断の根拠になったのは、開発中の薬が無益か否かを評価するための『無益性解析』と呼ばれる手法です」(先の緑氏)

 そこでダメ出しがなされたわけだ。しかし、その7カ月後、エーザイとバイオジェンは、新たな解析に基づき、早期アルツハイマーを対象とした新薬承認取得を目指すと発表。昨年8月、両社は申請がFDAに受理されたことを明らかにし、今回、条件付きながらも承認に至ったわけである。ちなみにヨーロッパでは昨年10月、日本では12月に申請している。

「新薬の承認申請に必要なデータを得るため、多くの国の規制当局は製薬企業に対して、2本の大規模な臨床試験の実施を課しています。アデュカヌマブの場合、アメリカで1本目のENGAGE試験が15年8月に開始され、2本目のEMERGE試験が同じ年の9月に始まっています」(同)

 19年3月に試験が中止になった後もバイオジェンは自社でデータの解析を継続。その結果、EMERGE試験の方には有意差が見られることが分かったのだ。一方、ENGAGE試験の方は主要な評価項目を達成できなかった。

「アデュカヌマブの第3相試験では、途中で2度、プロトコル(治療・試験計画)の治験薬の投与量に関する改訂が行われました」

 そう説明するのは、バイオジェン・ジャパンの担当者。

「二つの改訂により、登録されている患者さんに、体重1キロあたり10ミリグラムという最高投与量を投与できる回数が増えたのです。なぜこの改訂で二つの試験の結果に差が出るのかというと、EMERGE試験の方が1カ月遅くスタートしているから。そのため、EMERGE試験の方が、結果として新しいプロトコルの下で最高投与量を投与できた患者さんの人数が増えたというわけです」

 ただし、

「体重1キロあたり10ミリグラムという、十分な量のアデュカヌマブを十分な期間投与できた患者さんのデータを抜き出して解析すると、ENGAGE試験の方でも同じ傾向が認められました」

 と、担当者が続ける。

「つまり、有意差がつかなかった試験でも、十分な量を投与できた人を見れば、有意差がついたEMERGE試験をサポートするような結果になっている。EMERGE試験はたまたま有効性があるとの結果になったわけではなく、ENGAGE試験でも同じような傾向がみられるので、アデュカヌマブは有効、というのが我々の主張です」

 それが概ね認められたために条件付きの承認となったわけである。先の新井氏によると、承認された理由は四つあるという。

「一つはアデュカヌマブによって脳にあるアミロイドβが減ることが証明されていること。二つ目はプラセボとの比較で統計学的な有意差をもって病の進行を抑制させる効果が見られたこと。1年半で病の進行を23%抑制する効果がある、と判断されました。三つ目は大きな副作用がなかったこと。四つ目は医療関係者、患者、家族関係者からの強い要望があったことです」

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