侍ジャパン・稲葉監督「韓国にリベンジを果たす」 カギを握るのは控え選手?

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 ようやく辿り着いた東京五輪の晴れ舞台。自国開催であるからには、「国技」での金メダルは絶対に欠くことができない。国民に最も親しまれ、事実上の国技とでも言うべき野球。「侍ジャパン」の稲葉篤紀(あつのり)監督(48)が、五輪まで、そして金メダルへの道のりを語る。「週刊新潮別冊『奇跡の「東京五輪」再び』」より(内容は7月5日発売時点のもの)

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 ライトの選手が後方に下がりながらグラブに白球を収める。彼はそれを拝むようにして一旦頭上に掲げ、そして跪(ひざまず)き、暫(しば)しうずくまる。まるでグラウンドに祈りを捧げるかのように──。

 ゲームセット。

 今でも、私の脳裏にはこのシーンがはっきりと刻まれています。

 2008年8月22日、北京五輪の準決勝、日本対韓国戦。9回表に(阿部)慎之助が放ったフライが、韓国のライトの選手に捕られた瞬間、私が選手として参加した日本代表チームの敗退が決まりました。

 韓国の選手が見せた五輪、そして日本戦への思いの強さ。今度は、我々がその強い思いを胸に戦わなくてはならないと決意しています。

 来る東京五輪で大事なこと、それはとにかく我々「侍ジャパン」が金メダルを獲ることだと考えています。

〈力強くこう宣言する稲葉監督。17年から野球の日本代表チーム、通称・侍ジャパンを率いる彼は今、未曾有の五輪に挑もうとしている。

 19年、すなわち「本来の東京五輪」の開催前年に行われた、「プレ五輪大会」とも言うべきプレミア12で、見事、侍ジャパンは世界一の座を手に入れた。

 その勢いに乗って本番の五輪でも金メダルを──。稲葉監督自身も、「プレミア12に出た選手を土台にしていきたい」と語っていたが、コロナ禍により「空白の1年」が生じてしまった。〉

 侍ジャパンの監督就任以来、率直に言って、プレミア12まですごく順調に準備できていた実感がありました。したがって、もちろん19年のプレミア12から、切れ目なく20年の五輪にそのまま雪崩(なだ)れ込めればベストであったとは思います。

 それが1年延期となってしまったわけですが、これはもう致し方のないことです。そして今は、1年延びた分、若い選手がどんどん育ってきて、どうやってより良いチームを作るか、その楽しみが増えたというふうに受け止めています。何はともあれ、「中止」ではなく「延期」であり、とにかく東京で五輪を戦うことができるのですから。また、私個人としては「野球と向き合える時間」をいただけたと思います。

〈異例尽くしの五輪を前向きに捉える、頼もしい稲葉監督。だが、彼の前にはコロナだけでなく、数多くの困難が待ち受ける。そのひとつは「プレッシャー」である。〉

 プレミア12でも、そしてWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)でも、日本は世界一になっています。ある程度、「日本の野球は世界に通用する」と認知されていると思いますが、その分、期待も大きい。さらに五輪は、プレミア12やWBCとはまた違った雰囲気があります。事実、プロの選手が代表チームに加わるようになったシドニー五輪(2000年)以降、日本は五輪で優勝できていません。

 北京で私自身が体験したのが、まさに五輪独特のプレッシャーでした。それまで、五輪はテレビで観るものだと思っていましたが、実際に出てみると、他の競技を含めて「4年に1回」に懸ける各国の選手たちの凄まじい執念を感じましたし、やはり他の大会と五輪とは違いました。

 加えて、もともと五輪はアマチュアの方たちの大会であったところに、プロが参加するようになり、日本の野球も、プロが出るんだから金メダルを獲って当たり前というプレッシャーが少なからずありました。北京の時の星野仙一監督も、金メダル以外はいらないと仰っていたくらいです。

 しかし、北京で私たちは金メダルを獲ることができませんでした。その悔しさは、先ほど述べたように、未だに韓国戦で敗退が決まった時のシーンが記憶に残っているほど強烈で、今度の東京五輪に参加する選手たちには、私のような思いは絶対にしてほしくない。

 同時に、私個人としては、熱くなれる五輪という舞台で、監督という立場で北京のリベンジをさせてもらえるチャンスをいただき、とてもありがたいことだと思っています。

 今回は自国開催ということで、当然、さらなるプレッシャーが掛かってくることになると思いますが、その分、それを力に変えることもできるはずです。

選手に遠慮してほしくない

〈侍ジャパンには、常に行動をともにするプロ野球の球団と異なり、短期間でのチーム作りを余儀なくされる困難もある。

 さらに稲葉監督は現役を引退してまだ7年で、これまで日本代表を率いてきた長嶋茂雄や王貞治、星野仙一といった歴代の監督と比べるとかなり若い。スター選手が集(つど)う代表チームの手綱をどう締めるのか、その点でも苦労が多いに違いない。侍ジャパンを率いる若き監督の「監督術」や如何に。〉

 それは選手たちとのコミュニケーション、この一言に尽きます。実は私自身、こう見えて意外と人見知りでして……。選手たちにもそういうタイプがいると思うんですが、こちらから少し話し掛けるだけで、心を開いてくれたりする。だから、練習中もできるだけ「今の状態はどう?」などと、私から直接、選手に声を掛けるように努めています。

 また、これは前任の小久保裕紀(ひろき)監督から受け継いだことなんですが、必ず1日1回はチーム全員で集まって、結束力を高めるようにしています。

 さらに、私にはプロ野球の球団での監督経験がありません。その経験不足をどう補うのか。それはもう本当にコーチの力に頼るところが大きい。最終的に決断するのは私ですが、各担当コーチに全て任せて、率直な意見を出してもらっています。選手とのコミュニケーションにおいても、コーチもみんな若いので、選手たちの相談に乗ってくれている。全体的に、選手に寄り添うチーム作りができていると感じています。

 侍ジャパンとして集まった時に、とにかく選手たちに遠慮してほしくないんです。普段のチームにいる時と同じようにプレーさせてあげたい。選手たちとコミュニケーションを図ることで、彼らに少しずつ「侍ジャパンというチーム」のメンバーになってもらうといった感じでしょうか。

〈コミュニケーション、すなわち「気配り」を心掛けているという稲葉監督。それは、代表選考の過程でも発揮された。

 例えば今年2月、各チームのキャンプを視察した際、報道陣は侍ジャパンの候補選手たちについて稲葉監督に質問した。すると、DeNAの視察時に、稲葉監督自らこう切り出したのだ。

「三嶋(一輝・投手)も出してもらっていいですか?」

 報道陣がスルーしていた選手に関して、敢えて稲葉監督のほうから代表候補であることを取り上げてほしいと言ったのだ。〉

 これまでは、自分のほうから選手の名前を出すことはあまりしていませんでした。私がそれを口にすることで、「当確」と思われてしまうかもしれないからです。しかし、コロナ禍において、選手たちとの直接のコミュニケーションがとりづらい。そういうなかで、「こういう選手のこともちゃんと見ているよ」というメッセージが、メディアを通じて選手たちに伝わればいいなと考えたんです。

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