五輪無観客は「世界的にみて異様」 世界では有観客の流れに

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 ワクチン効果で重症者数が増えない、という朗報を無視し、世論に屈して緊急事態宣言を出した政府。欧米がコロナとの共存姿勢を鮮明にするなか、過剰防衛から抜けられない日本で無観客五輪とは、世界の選手に申し訳ない。

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 東京都に4度目の緊急事態宣言、という速報が今月7日に流れたとき、フェイクニュースを疑った向きも多かったようだ。宣言はもう出されないと考えるのが、合理的だったからである。

 菅政権はワクチンをコロナ対策の「切り札」と位置づけ、接種の拡大に取り組んできた。スタートでは大きく躓きながらも、1日100万回超の接種を実現し、希望する高齢者への2回の接種を7月中に終えるという目標も、概ね達成できそうだという。

 65歳以上の高齢者で1回接種した人の割合は、東京都の場合、7月10日現在で75%に達し、2回終えた人は48・29%。1回の接種だけでも一定の効果があるというから、「切り札」のおかげで、重症化しやすかった高齢者が、かなり守られていることになる。

 事実、東京都の重症者数は7月10日に63人と、落ち着いている。重症者用の確保病床は392床で、占有率は16%にすぎない。ちなみに、2回目の緊急事態宣言を出すことが決定した1月7日は121人だった。3回目を出すと決まった4月23日は52人だったが、当時はまだワクチン接種が進んでおらず、感染者の増加に比例して重症者が増えるという懸念があった。

 だが、いまは違う。デルタ株の影響で感染者数が多少増えても、守るべき高齢者はすでに守られ、ワクチン接種が進めば、さらに守られる。だから菅義偉総理は、「切り札」の効果を喧伝し、「感染者数が増えても心配しすぎるな」と、自信をもって訴えればよかったのである。ところが、

「まん延防止等重点措置の延長を検討していた官邸は、都内の7日の新規感染者数920人という数字に凍りつき、わずかの時間で緊急事態宣言を出すと決めてしまった」(政治部記者)

 国際政治学者の三浦瑠麗さんが言う。

「そろそろ緊急事態宣言か、という雰囲気が、世の中にまったく醸成されていないなかでの決定で、唐突感が際立っています。今後、状況がより悪化するだろうと予想し、先手を打ったつもりなのでしょう。五輪期間中に感染のピークが来るという専門家の予測に基づき、人流や感染者がうなぎ上りに増えたら政権がもたない、という判断から、最も安全策をとる形で宣言を出すことになったのだと思います。最悪の事態になり、マスコミや世論に追い込まれると耐えられない弱い政権だから、先手を打つのです」

 生体防御学の権威で、大阪市立大学名誉教授、現代適塾塾長の井上正康氏も、

「政権の支持率が下がっているから、感染拡大を怖がる世論に迎合している」

 と、科学的根拠に基づく決断ができない菅政権を批判し、こう続ける。

「現在、感染ルートの約8割が家庭で、高齢者施設や院内感染等が15%程度。ところが数%にすぎない飲食店などがスケープゴートにされ、感染症だから人流を止めれば収まる、との思い込みで失敗を繰り返しています。家庭内感染が一番多い理由は、トイレを介して感染しているから。ウイルスは口や鼻から入り、受容体が多い腸に感染し、主にお尻から出る。便座やトイレ内のドアノブについたウイルスの感染力は、冬は2週間以上維持され、時差をもって感染しうるのです」

 肝心な対策をせず、無意味に飲食店を苦しめている、というわけだ。しかも、

「コロナはすでにトロイの木馬のように、家庭に深く入り込んでいます。ウイルスは2週間に1回、分子時計に従って変異を繰り返し、感染力が強い株が誕生するたびに波が見えているだけ。だから国境を封鎖しても人流を止めても、感染を抑えられないのです」

 人流抑制にこだわることの虚しさを訴えるのだ。

世界的に極めておかしな状況

 京都大学ウイルス・再生医科学研究所の宮沢孝幸准教授もまた、

「波は定期的に来るもの」

 と言って、続ける。

「今回の感染の中心、デルタ株は、スコットランドではすでに峠を越え、イングランドも近くピークアウトしそうです。英公衆衛生庁は、入院率が高まったと言いますが、疫学データでは、入院患者数も死者数も前回の波より少ない。これはワクチン効果も考えられます。日本も高齢者のワクチン接種が進み、陽性者が増えても死者は増えないでしょうし、日本人にはいわゆるファクターX、交差免疫がある。こうした点を考えれば、いま緊急事態宣言を出すのは絶対におかしい」

 だが日本には、当たり前の判断ができる政治家がいない。東京大学名誉教授で食の安全・安心財団理事長の唐木英明氏が言う。

「亡くなる人がいなければ、英国に倣って対策はゼロにしてもいい。ところが日本は逆に対策を強化しようとし、世界レベルで見て極めておかしな状況です。政府は国民を自粛させるために作った“コロナは恐怖の感染症だ”という罠に、自分で落ちてしまっている。一日も早く“重症者や死者は減っている”と発信をすべきですが、最大の障害が分科会です。今後、デルタ株の感染者は全国で増えるでしょうが、それでも死者はほとんどいないという、現在の英国のようになったとき、日本の対策を見直せるかが、大きな分かれ目になると思います」

 規制を撤廃し、ワクチンパスポートや陰性証明を条件に、サッカーのEURO2020の会場に6万人の観客を入れた、ジョンソン英首相のような判断ができるか。唐木氏が続ける。

「当初、安倍晋三前総理は専門家に任せず、全国一斉休校やマスク配布を政治決断しました。内容が悪すぎて安倍さんは諦めてしまいましたが、めげずに決断できていれば、ジョンソン首相のようになれたかもしれません。安倍さんは最後の会見でも、新型コロナ感染症の分類を2類から5類に変えると言いましたが、菅さんが引き継ぐと分科会や厚労省が反対し、2類のままになってしまった。5類になっていれば医療逼迫もありませんでした」

 菅総理も来る総選挙が怖いなら、こうして医療逼迫の芽を摘むべきだが、分科会の尾身茂会長と並んで会見する体たらくでは、「感染者を減らすことが至上命題」(唐木氏)という専門家たちの意見を退けるのは難しかろう。東京脳神経センター整形外科・脊椎外科部長の川口浩氏が言う。

「緊急事態宣言の繰り返しは、政府や分科会による感染対策の失敗の繰り返しを意味しています。問題は政府や分科会が、自分の判断ミスを認めていないことで、もはや政権全体が“自己奉仕バイアス”にかかっているようです。これは心理学上の認知傾向の一つで、成功すれば自分の能力や努力のおかげだと考え、失敗すれば他人や環境のせいにし、自分には責任がないと思い込むこと。政府は感染封じ込めに失敗したのは、気の緩みや酒類提供停止が徹底されなかったことが原因だとし、失敗の責任を国民に押しつけている。自己奉仕バイアスが働くかぎり、日本は何度でも同じ失敗を繰り返すでしょう」

 だが、今回は失敗のツケが大きすぎはしないか。五輪のことである。スポーツコンサルタントで元JOC参事の春日良一氏が嘆く。

「昨年、五輪を今年に延期すると決まったとき、信念をもった指導者が“開催国としての責任を果たすために、国民一丸となって頑張ろう”とリーダーシップを発揮できていたら、違った状況になっていたでしょう。しかし現実には、国政のために五輪を利用しているようにしか見えない。だから国民の政府批判が、五輪批判につながってしまう」

 結果としての無観客に、

「失望しました。観客を入れることに、責任をもって応える人が一人もいなかった。スポーツ界は観客を入れるために、どうしたら感染を防げるのか模索しながら、すごく努力してきました。その努力をすべて無視しての無観客。スポーツが政治に負けてしまった」

 と、敗北感を隠さないが、それは日本の敗北でもある。1兆6440億円を投じた五輪なのに、総工費1569億円の国立競技場に人を入れず、チケット売り上げ900億円は返金。経済効果も見込めない。応援というアスリートの力の源は奪われ、過剰な対策に世界から奇異の目を向けられる。

 一部で供給停止になろうと、ワクチン接種は進んでいる。重症者数や死者数を見ながら、途中からでも有観客を検討すべきである。

週刊新潮 2021年7月22日号掲載

特集「日本に政治家はいなかった 『テレビの中の五輪』にムダ金『1兆6500億円』消失」より

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