世界中の「成功体験」を取り込んで更に成長する――粟田貴也(トリドールHD代表取締役社長兼CEO)【佐藤優の頂上対決】

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 コロナ禍が続く中、新展開の「お弁当」で復調しつつある国内最大のうどんチェーン「丸亀製麺」。経営するトリドールHDは、海外にも積極的に出店させる一方、国内外の外食企業のM&Aも次々と行い、多業態経営を進めている。日本発の外食グローバル企業を目指すその戦略の核心とは――。

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佐藤 トリドールホールディングス(HD)は20近くの飲食店チェーンを運営されていますが、何といっても有名なのは「丸亀製麺」です。外食産業を直撃したコロナ禍の1年半はいかがでしたか。

粟田 コロナによって、私たちの業態の非力さが露呈し、もう言葉にならないくらい辛い思いをしました。昨年3月から影響が出まして、翌4月には売り上げが半減。正直なところ、当初はどうしていいかわからないという気持ちになりました。

佐藤 その中でも、経営者としては何らかの方針を打ち出さなければなりません。

粟田 昨年4月には、緊急事態宣言発令により、休業や営業時間短縮を余儀なくされました。お客様がほとんどいらっしゃらなくなったので、まずは、消毒や換気をきちんとやっていること、ソーシャル・ディスタンスを取っていることなど、安心・安全なお店として訴求するテレビCMを流しました。

佐藤 効果はありましたか。

粟田 お客様が少し戻ってきました。そして5月末には、それまでやったことのなかったうどんのテイクアウトを全店に導入しました。当時、テイクアウトは売り上げの1%ちょっとしかありませんでしたが、年間平均で14%くらいに上がり、秋ごろにはほぼ回復と呼べるくらい持ち直した。その後、第3波、第4波がやってきて、年明けには再び緊急事態宣言が発令され、また頭を押さえつけられた感じになりましたね。

佐藤 うどんのテイクアウトは珍しいですよね。

粟田 今年4月に発売した、ひと箱に打ち立てのうどんと天ぷら、おかず、ぶっかけのお汁(つゆ)を入れたうどん弁当は、苦境の中にあっても大きく伸びていきました。テイクアウトの割合は20~30%になっています。いまは全体でコロナ前の売り上げを超えるくらいの勢いがあり、お弁当で息を吹き返した感じです。

佐藤 行動様式の変化にうまくはまったのですね。

粟田 週末の夜には、うどん弁当の売り上げが多くなります。お弁当をご家庭に持ち帰って召し上がっていただいているのだと思います。

佐藤 いま丸亀製麺は全国にどのくらいあるのですか。

粟田 だいたい国内に860店ほど、海外に240店弱です。

佐藤 うどんでは国内最大のチェーンですね。

粟田 はい。ゆくゆくは日本の外食企業として、世界に通用するグローバル企業になっていきたいと考えています。

佐藤 もともと焼鳥から出発されました。

粟田 焼鳥屋で全国展開を目指していたことがありました。最初に開いたのは、兵庫県加古川駅近くの「トリドール三番館」です。1985年のことでした。

佐藤 先ほどその看板を見せていただきました。

粟田 あの看板は私の手作りです。当時は資金がありませんでしたから。

佐藤 まずは3店を目指すということで、三番館と名づけられた。

粟田 そうなのですが、最初はお客さんがさっぱり来ませんでしたね。1年目はほんとに「アカン」という状況でした。でも周りを見てみると、近所のラーメン屋は繁盛しているんです。日付が変わる頃からお客様が入り、混み始める。当時、深夜営業のお店は少なかったんですね。それで私も明け方まで営業を続けたら、ようやくお客様がいらっしゃるようになりました。

佐藤 3軒目はいつ達成できたのですか。

粟田 91年ですから、6年後です。その後にいっとき、女性向けの洋風焼鳥屋にしたことがありますが、郊外のファミリー向け居酒屋という形の焼鳥屋に手応えを感じて、その業態で全国展開を考えました。

佐藤 いろいろ試行錯誤をされた。

粟田 いまでこそ郊外のロードサイドには、回転寿司や焼肉食べ放題の店が並んでいますが、当時はまだファミリーレストランくらいでした。しかもそのファミレスの成長が鈍っていた。ですからポストファミレス的なイメージで郊外市場に出ていけば、成功すると思ったんですね。株式上場も目指していました。

佐藤 焼鳥屋でも勝算があったのですね。

鳥インフルエンザが直撃

粟田 そんな時に、香川県丸亀市に立ち寄ったんです。香川県は父の故郷で、うどん県ということは昔から知ってはいたのですが、製麺所に大行列ができていた。唖然としましたね。こちらはいろいろ工夫して焼鳥屋をやっているのに、その製麺所はただうどんを出しているだけで、長蛇の行列ができている。

佐藤 讃岐うどんブームが起き始めていた頃ですね。

粟田 そうです。その製麺所はそこで作り立ての麺を出しているだけなのです。でもそこに繁盛の極意があったんですね。同じように作り立てを出す店を作れば、別のところでも流行るんじゃないかと思った。それでいまの「丸亀製麺」という業態を開発し、2000年に、これも加古川に第1号店をオープンしました。

佐藤 行列を見ても、そこに繁盛のヒントを読み取る人は少ない。チャンスを見逃さなかったということですね。

粟田 その後、02年から03年にかけて鳥インフルエンザが大流行し、焼鳥店から一気にお客様がいなくなります。それで準備していた上場が延期となった。

佐藤 でも、うどんは関係がない。

粟田 そうです。焼鳥からうどんに主役を交代せざるを得ませんでした。でもそれがよかった。ちょうど全国にショッピングモールが次々と建設されていく時期で、その中には必ずフードコートがある。しかもそのブースは1店舗が8坪くらいと小さく、初期投資を抑えられます。丸亀製麺はそこにうまくはまりました。

佐藤 ただ、うどん屋はどこにでもあります。丸亀製麺の成功の秘訣は何だったと思いますか。

粟田 「手づくり・できたて」でやってきたことだと思います。入口近くに製麺場を設け、お客様に麺を作るのを見てもらう。それによって、本物を食べているという実感をお客様に与えることができたのではないかと思います。

佐藤 外食産業は大きなチェーンになると、食材を1カ所で大量に作り、各店舗では仕上げだけを行うセントラルキッチン方式が主流です。その真逆ですね。

粟田 その場で作るのは手間がかかりますし、水やガス代などの経費もばかになりません。当然、投資家の方々や社内からもセントラルキッチンをもたないのか、という声がありました。確かに手づくりや実演は、非効率です。ただこれなら他社が真似をしにくい。そこは一つのブルーオーシャン(競合相手のいない未開拓の市場)なのです。うどんでは後発だった私どもが、何とか一番になれたのは、そこにこだわったからだと思います。

佐藤 非効率が優位性になった。

粟田 また実演は集客にも威力を発揮します。天ぷらも揚げたてをお出ししていますが、アメリカでは天ぷらと製麺がパフォーマンスとしてウケている。もともと焼鳥屋時代も、お客さんの前で焼くほうが売り上げは伸びました。

佐藤 日本は比較的信用度の高い社会ですから、一般のチェーンではセントラルキッチン方式が成立します。でもロシアや中国では、見えるところで作っているのは、安心安全の証明なんですね。古い食材や変なものを入れていないことがわかりますから。

粟田 なるほど、そういう面もありますね。実演は、食欲を促したり、行ってみたいという動機にもつながります。やっぱり食は楽しくないといけない。

佐藤 その通りだと思います。

粟田 私は、外食は最も身近なレジャーだと定義しています。ただ空腹を満たすだけなら、わざわざ店に足を運ぶ必要はありません。コロナ禍で、外食と中食(できた料理を持ち帰って家で食べる)がボーダレス化している中で、私たちが手づくりをやめたら、外食の意味が薄らぐんじゃないかという思いもあります。

佐藤 1軒のお店から10軒、20軒と増えていけば、従業員もどんどん増えていきます。人材はどう育成されてきたのですか。

粟田 特別なプログラムがあるわけではありません。管理職なら一般的な研修で教育しています。

佐藤 ただ店長によって調子のいい店舗もあれば、悪い店舗も出てくるでしょう。

粟田 店舗については、私どもは成功体験を共有するということを意識的にやってきましたね。A店でうまくいったことはB店でもやってみる。そこでうまくいったらそのエリアに広げていく。それを繰り返すことで、従業員の皆さんが力をつけていったと思います。

佐藤 どこかのお店が成功したら、その店はノウハウを出し惜しみせず、他の店も妬むのではなく、そこから学ぶ。これには、そこで働く人の人間力が試されますね。

粟田 会議を通じ、成功体験を議論し合い、自身のものとして体得してもらいます。それが業績の向上の基礎にあると思っています。

佐藤 社風というか、それを生み出す経営者の人柄もあるでしょうね。

粟田 経営者としては、人を信用することが非常に大切です。私が猜疑心の鎧を着てしまうと、もう何もできない。だから猜疑心を払拭することが、自分にとっては大きな努力目標だと思っています。もちろんうまくいかなかったことも多々あります。でもそれに懲りないことですよ。

佐藤 そこは大切なポイントです。

粟田 事業もたくさん失敗していますし、店も数多く閉店していますが、やっぱりそれ以上の成功があったからここまでやってこられた。人についても同じで、うまくいかなかったこともありますが、それ以上に多くの人たちがさまざまなものを与えてくれたと思っています。

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