五輪開催までに国民のワクチン接種率は何%になるのか 中止の場合、賠償額は1兆円に達する可能性も

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 コロナ対策の元締め、政府の新型コロナ対策分科会の尾身茂会長は、東京五輪について野党に聞かれるままに、6月2日は国会で「普通はない」、翌3日にも参院厚生労働委員会で「やるのは普通ではない」と発言したのは周知の通り。さらに、五輪を行うならその根拠や感染防止策を政府が説明すべきだ、という旨も述べたが、医師でもある東京大学大学院法学政治学研究科の米村滋人教授は首を傾げる。

「その通りではありますが、尾身会長が発言することに違和感があります。この方はこれまで一度も、なんのために緊急事態宣言を発令するのか説明してきませんでした。その同じ口で政府に説明を求めても、同じ言葉が尾身会長に返されるだけではないでしょうか」

 4日の衆院厚生労働委員会では五輪開催可否について、「(専門家が)判断すべきでないし、できる立場にない」と言ったが、こうして責任回避するのも尾身会長らしい。東京大学名誉教授で食の安全・安心財団理事長の唐木英明氏が言う。

「尾身会長らは、感染者数を抑える妨げになるものは徹底的に制限してきました。五輪なんて当初からとんでもなく、今回の発言も筋は通っている。しかし、彼らにはリスク最適化という概念が抜け落ちています。飲食店などがどんなに窮状を訴えても、分科会は“経済のために人命を犠牲にするのか”という態度を曲げず、それは広い視野と長い目で見ると、現実からかけ離れています。そんな尾身会長に、政府はコロナ対策のすべてを任せ、総理や大臣と同等のように並んで発言させてきました」

 そこで尾身会長は、国民を煽ってきた。

「日本は法的に私権制限ができず、人流を抑えるにはコロナへの恐怖を煽る必要があった。尾身会長は政府と手を取り合ってコロナの恐怖を煽り、その恐怖と戦うヒーローのように扱われてきました。彼のことは昔から知っていますが、御用学者として風を読むのがうまい。五輪についても世間が味方してくれるとわかっての発言でしょう。スタンスは一貫しながら、態度だけは大きくなった印象ですが、彼をそうさせたのは政府であり、そのツケが回ってきたということです」

 いずれにせよ尾身氏をはじめ、いま五輪開催の可否を語る際に、二つの視点が抜け落ちてはいないか。ひとつは法的な問題で、スポーツ法に詳しい立教大学教授の早川吉尚弁護士は、

「現状のように前提が誤解されたままでは、いくら議論しても意味がない」

 と疑問を投じ、続ける。

「五輪とはIOCが4年に1度行うイベントで、開催権限はIOCにある。法律的にはそれが一番大事な前提です。開催都市はIOCと開催都市契約を結ぶことが義務づけられ、それは簡単にいえば“東京都がIOCに会場を貸す”という内容。ですから五輪を中止するということは、ある会社主催のイベントに会場を貸す契約をしながら、直前に“やっぱり貸せません”と言うようなもので、東京五輪について問われているのも“東京都が会場を貸すという契約上の義務を果たすのか否か”ということです。国は当事者ではなく、日本で五輪をやるべきか否かという議論は、法律的にはナンセンスなのです」

 とはいえ東京都が、会場を貸さないという選択肢を選ぶことはできるが、

「その場合、債務不履行に基づく損害賠償責任を負います。中止になれば、入らなくなった放映権料のほか、すでに受け取っているスポンサー料の返金もIOCの損害になる。報道によれば、NBCほかの放映権料は6400億円、スポンサー料も最低1200億円といい、日本の賠償額は下手をすると1兆円に達します。しかも、今回の契約に免責条項はなく、仮にそれがあったとして、条件に戦争や地震は入っても、伝染病や感染症は一般に対象外です」

 損害賠償が生じたとして、保険で補えないのか。

「東京都が賠償金を支払わない場合、IOCは加入している保険会社から保険金を受け取れますが、取り立ての請求権を保険会社が肩代わりするにすぎず、東京都の支払先がIOCから保険会社に変わるだけ。また、東京都が入っている保険は昨年、延期した際に使ってしまい、現在は500億円ほどが上限のようです」

 つまるところ、損害賠償金の支払いを免れることはできないというのだ。

五輪までに大きく改善も

「支払ってもらわないとIOCがもちません。冬季五輪は規模が小さく、事実上、4年に1度の夏季五輪だけがIOCの収益。ただでさえ延期で1年間、入るべきお金が入っていないわけで、東京五輪を開催しなければキャッシュフローが回りません。コロナの感染状況やワクチンの接種状況は、あくまでも日本の事情。開催権限のあるIOCに向かって“コロナがこんな状況なのに開催を強行するなんてひどい”と言っても、それは通じません」

 1兆円にもおよぶ賠償金の支払い能力は東京都にないから、国が支援し、税金で補填することになるだろう。日本はお金を払わずに五輪を中止できるという報道もある。たとえば、日本に巨額の賠償請求を起こせば、今後、五輪に手を挙げる国がなくなるから、IOCはそんなことはできない、という論旨だが、

「希望的観測にすぎず、鵜呑みにした人たちが、後で“損害賠償なんて聞いていない”となってしまいます。法的な前提として、最悪の場合に請求される金額を共有したうえで、議論と選択をすべきです」(同)

 もう一つ抜け落ちているのは、東京五輪が開幕する7月23日までに、ワクチン接種はかなり進むのではないか、という視点である。

 現在、接種が進められているワクチンの有効性について、研究チームとして明らかにした横浜市立大学医学部の山中竹春教授(臨床統計学)が言う。

「ファイザー製のワクチンについて、コロナへの未感染者で2回接種した人のうち、従来株に対して99%が中和抗体を保有し、英国株、南ア株、ブラジル株という変異株にも、多少劣りますが90~94%の人が、設定した基準以上の中和抗体を有していました。懸念されているインド株に対しても、中和抗体陽性率が低下する傾向は見られていません」

 山中教授らのチームは昨年12月、従来株への感染者のほとんどが6カ月後も中和抗体を保有している、と報告していた。では、1年後はどうかだが、

「従来株については、ほとんどの人が中和抗体を有していました。英国株やインド株をふくむ変異株についても、中等症および重症だった人のほとんどは、1年後も依然として中和抗体は陽性でした」

 日本でファイザー製と並び接種が進んでいるモデルナ製のワクチンについても、海外の解析で同様のデータが得られている。要は、ワクチンの効果は高く、接種が進めばわれわれが集団免疫を獲得し、コロナの収束に向かうという期待が持てるデータである。

 もっとも日本は世界水準で見れば、残念ながらいまなお接種率が低い。しかし、東京歯科大学市川総合病院の寺嶋毅教授は、

「五輪が接種の後押しになっているのか、現在は順調なペースで進んでいる。これから職場や学校での接種も続々と始まり、スピードは上がるでしょうから、そうなれば五輪は、それほど悪くない接種状況で迎えられると思われます」

 と話す。事実、菅義偉総理は「1日100万回」の接種を目標に据え、「目標までいけそうだ」と発言しているが、では、「悪くない接種状況」下、このコロナ禍は、五輪開催時にどこまで収まるのか。

「現在、1日50万回のペースでワクチン接種が進んでいて、このまま進めば7月末には国民の20%弱、1日100万回ペースで進めば、30%強に接種が完了する計算になる。集団免疫を獲得できる接種率80%には達しませんが、65歳以上の高齢者の多くが接種を終えると思われ、入院が必要な感染者、重症化リスクの高い感染者は減るものと期待されます。また、医療機関や高齢者施設でのクラスターも減り、たとえば東京の新規感染者数が1日500人でも、入院が必要になる機会が減って医療機関への負担は現在より軽減される。そうなれば感染者が増えても、緊急事態宣言やまん延防止重点措置をとらずに済む可能性があります」

 幸い人類は強力なワクチンを手にしたので、五輪開催までの三十数日で、コロナをめぐる状況は大きく変わりうるわけだ。「専門家」の代表たる尾身会長も、五輪に反対する野党も、どうしてそのことを無視したまま議論を進めるのだろうか。

週刊新潮 2021年6月17日号掲載

特集「『ワクチン効果』無視で煽られる恐怖 50日後の光景は激変する」より

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