コロナ禍で鮮明になった「日本の没落」…経済学者が23年前に著書で鳴らした警鐘

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「世襲」と「党人派」の議員

 一方で日本の政界は、乖離の歪を抱えたまま、ひた走ってきた。

 特に、「日本土着の村落共同体を運営する仕方にこだわって」きたのが日本の保守政党である。合理的運営を避け、他の派閥と提携するための金権政治は後を絶たない。「政治家にとっては主義主張はどうでもよい、すべては金である」。その結果、「戦後教育を受けた(中略)多くの日本の若い人は政界に背を向けてしまい、政治家の家に生まれた二世だけが人材の主要補給源になっている」と森嶋は指摘しているが、その弊害はますます拡大している。

 1993年の政権交代で登場した細川護熙から2021年5月28日現在の菅義偉まで14人の総理のうち、世襲議員は実に9人に上り、この全期間10155日のうち世襲議員総理の在職期間は合計で8024日(79.0%)を占める。対照的に、それ以前の1955年から38年続いた「55年体制」における自民党単独長期政権(14023日)の16人の総理のうち、世襲議員だったのは最初の鳩山一郎と最後の宮澤喜一の2人(1288日、9.2%)だけだった。

 また55年体制の崩壊以降に台頭した「党人派」政治家の弊害も、森嶋は当時から的確に指摘している。「55年体制」の下の16人の総理は8人が官僚出身で8人が党人派であったが、細川護熙以降の14人の総理は全員が党人派である。党人派の政治家は戦後世代であったにもかかわらず、選挙で勝たねば地位をうしなってしまうために、選挙区に強い影響力を持つ地方の古老にコントロールされている。政策通が遠ざけられ、利権の争奪戦によって疲弊を繰り返す政治を、森嶋は1998年の時点でこう嘆く。

「日本の政界の倫理は党人派の時代がくるとともに近代以前に逆戻りしてしまった(中略)こうして日本の政界の倫理は遂には、ムラ社会の感覚や哲学によって支配されるくらいにまで、地に墜ち堕落してしまったのである」

 日本は今、「官邸主導」「政治主導」と言われるが、コロナ禍の有事(党人派が好きな言葉では緊急事態)において、それは全く機能していない。そうなることを森嶋は1998年当時、すでに的確に予見していたのであろう。

「保守化、土着化せよ」

 さらに、森嶋が同書を執筆していた1998年の時点で、日本の保守化、右傾化に警鐘を、とうに鳴らしていた。

「最近には、子供教育の理念をもっと保守化、土着化せよという動きが一部に起こってきている。不況が続けば、こういう動きは強くなる」

 森嶋の予言のとおり、2006年には党人派の世襲政治家である安倍晋三首相(当時)によって教育基本法が改正され、「わが国と郷土を愛する態度を養う」という表現が盛り込まれた。教育基本法の改正は、やはり党人派の世襲政治家である小泉純一郎首相(当時)の下で、2004年に提出された保守的な教育改革案「甦れ、日本!」の延長であった。そして、安倍晋三が首相復帰を目指した2012年の衆議院選挙の際の自民党のキャッチ・コピーは、戦前回帰を匂わす「日本を、取り戻す。」だった。

 そうした戦前回帰的な政治は、ムラ社会の論理に基づく腐敗を発生させても、「新しい組み合わせを作り出す」という本当の意味でのイノベーションを発生させない。その結果、小泉そして安倍の安定した長期政権の下でも、「実感のない景気拡大」が続いただけで、経済が本当に活気付くことはなく、日本は「政治的没落」の罠にはまったままなのである。

 実際、ムーディーズによる日本国債の格付は、『なぜ日本は没落するか』が執筆された1998年に最上位のAaaから1段階下のAa1へ格下げされた。その後も格下げが続き2007年には上から5段階目のA1となった。2009年には、上から3段階目のAa2に格上げされたが、安倍内閣下の2014年には再びA1に位置することとなった。これは中国国債と同じ格付である。

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