元「保護観察所長」が語る「少年法」の欺瞞 「保護一辺倒では犯罪は抑止できない」

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犯罪時だけは少年

〈改正が「骨抜き」であることがよくわかる。

 そもそも議論の発端は、2015年に起こった川崎市の中1殺害事件である。被害者は3人の少年に2月の多摩川を泳がされ、河川敷でリンチされた挙句、極寒の空の下に放置された。凄惨な事件にもかかわらず、例によって加害者は少年法に守られたために世論が沸騰し、改正論議が持ち上がったのだ。

 時を同じくするように、公職選挙法が改正され、選挙権が18歳から与えられることに。民法も改正され、来年には成人年齢も18歳になる。

 こうした動きから、少年法の対象年齢も20歳未満から18歳未満に引き下げる――これが議論の流れであったのだ。

 しかし、反発したのが、政界では公明党と野党、司法界では日弁連。また、少年院や家裁判事、調査官などのOBに加え、朝日新聞、毎日新聞などメディアも猛反対し、賛否双方の主張を「足して2で割る」折衷案として今回の改正案が生まれた。具体的には、年齢引き下げは見送り、従来通り、20歳未満は全件家裁送致することに。その代わり、逆送の範囲拡大と推知報道の一部解禁を試みたのだが、結果、「大山鳴動――」となったのは、高池さんの指摘の通りである。

 骨抜きだけならまだいいが、弊害も大きい、と高池さんは続ける。〉

 議論の発端となったように、年齢は18歳未満に引き下げるべきでした。

 今回の改正で、ただでさえ複雑な少年法がもっと複雑になり、わかりにくくなるのではないか、ということです。私でさえも書類をひっくり返してみないとどこがどうなっているのかあいまいな箇所が出てきます。

 法律というのは、法曹関係者ではなく、一般市民のためのもの。自分、あるいは自分の子どもが罪を犯せばどのようなことになるのか。それがイメージできるようでなければ、法の予防効果が下がります。成人と認められ、選挙権もあるのに、犯罪を起こした時だけ「少年」? 18~19歳は自分が社会的にどのような存在なのか、位置付けることができるのでしょうか。

 私は現在、大学で更生保護についての授業を受け持っています。昨年の秋、ある授業で少年法の対象年齢についてアンケートを取ったら、145人の学生のうち、18歳に引き下げるべきだと答えたのが106人、現状の20歳のままでいいと答えたのが39人と、かなりの差が付きました。

「国が18歳に選挙権を与えたということは、18歳は子どもではないと認めたことになる。それなのに罪を犯した時は法律に守ってもらう子どもであるというのはまったく理解できない」

 という、まともな意見が寄せられました。改正の当事者となる20歳前後の若者たちはこう思っている。これが市井で生きる人たちの真っ当な感覚ではないでしょうか。権利を得るならその分の義務も果たすべし。これは社会秩序を維持するための、基本的な原理原則ではないかと思うのです。

私刑(リンチ)を誘発

 先にも述べた通り、逆送範囲が拡大し、推知報道が一部解禁されるとはいえ、それは制度上のことで、実際に刑事処分を受けたり、実名報道の対象となったりする「少年」は限定的なものになるでしょう。

 更生の現場では、刑事処分を受けない、実名報道されないことを前提に、悪事を働いてきたケースとよく出会います。悪い大人から「20歳までは何をやっても許されるぞ」「捕まったら反省して“もうやりません”と言えば前科にならないから」と誘われて、暴力行為や性犯罪、オレオレ詐欺に加担する。逮捕され、家裁に送られても謝れば許してもらえる。私自身、何回も逮捕、保護された少年が成人となり、刑事罰を受けて初めて自分が大変なことをやってしまったことがわかったという事案を担当した経験があります。刑務所に入って初めて「何てことをやったんだろう」という自覚を持った、と。

 こんな事例が多いことは、非行少年と現場で向き合ってきた専門家の間では常識。及び腰の改正で、18~19歳に保護の道を広く残すのは、非行を助長する原因にもなりかねません。時代は変化しています。少年法が制定された昭和23年当時と比べ、七十余年後のいまの若者は発達が早い。少年法の対象年齢を引き下げ、社会的責任を早くに自覚させるべきでした。

 今回の少年法改正の発端となった川崎の中1殺害事件の直後、世論調査では8割の人が少年法の年齢引き下げに賛成していました。しかし、それから6年間議論した挙句、改正は骨抜きに終わってしまった。それを人々はどう受け止めたのか。国民の要請がどれだけあっても、少年法だけは聖域なのだという意識を持ってしまったのではないかと思います。すると、人々は法に頼らなくなる。国が罰しないなら個人で罰しようという人も少なからず出てくるでしょう。ネット上などでの私刑がより誘発されることが恐ろしい。

「少年法は、罪を犯した少年の更生に役立っている」「18~19歳はこれから進学、就職していく時期にあり、実名が出るとそれが困難になる」

 このように物事を単純化し、情緒や「許し」の感情に訴えても、非行少年を本質的な意味で更生させることはできません。ステレオタイプな考え方はむしろ解決への道筋を誤らせます。少なくとも、社会がゆるやかに対処すれば少年たちが反省する、というのは甘い。それが40年近く現場で少年の更生を見てきた者としての実感なのです。

高池俊子 元大津保護観察所長

週刊新潮 2021年5月27日号掲載

特集「『保護一辺倒では犯罪は抑止できない』 『茨城一家殺傷事件』 の折も折『骨抜き改正』 現場40年の『元保護観察所長』が斬る『少年法』の欺瞞」より

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