年収億超えの小説家・松岡圭祐が「営業秘密」を公開 “誰にでもできる”創作技法とは

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一字も書かない

 このように視覚的に思い浮かべた実体験風の空想物語を、脳内でどんどん進行させていきます。翌日になったら、昨日空想した部分も含め、最初からまた順番に想起し直し、さらに新たな展開を付け加えます。数日もすれば、登場人物たちの動きは貴方にとって既成事実となり、生活の一部になっているはずです。

「想造」には12人全員を登場させるようにします。ただし1週間経っても、空想の中でうまく噛み合わない、できればいないほうがいいと感じるキャラがいれば、壁から外してください。また新たな登場人物を追加します。メイン7人、サブ5人という人数は減らさないでください。特に初心者の場合、物語が動いていくうえで、最低それぐらいの人数は必要になります。

 12人以外の脇役が必要になってくる時もあります。わずかな出番であれば、顔がはっきりしないままで構わないので、漠然と人物像を思い描いてください。名もなき群衆はいくらでも登場して構いません。ただし、その種のチョイ役は壁に追加しないでください。物語は極力、12人で動かすようにするのです。

 舞台は3カ所以上に増やしていけます。脳内で新たな舞台の登場頻度が高ければ、似た画像をネットで探し、壁に付け足します。

 脳内の物語が長尺になりつつあっても、まだメモはとらないでください。一字も書いてはなりません。文章にしようとする時点で自由な発想が失われ、それ以上の空想の広がりが阻害されます。

 日々夢想にふけるだけの自分について、馬鹿げたことをしているように思えてくるかもしれません。早く執筆に取りかかりたくもなるでしょう。たしかに執筆に入れば、知的な作業に励んでいる実感を得られます。

 しかし貴方にとって重要なのは、多くの読者を魅了する現代小説を書くことです。「想造」の途中で何かを書いてしまうと、脳の活発な動きがひと休みし、新たな空想が浮かびにくくなります。いちど書いたものを消し、また新たな形に改善するのにも、相当な労力を伴います。一方、脳内に浮かんだイメージを次々に消しては上書きするスピードは、それをはるかに上回ります。そのぶん「想造」は緻密で濃いものになっていきます。

 そして「想造」は物語の最後まで思い描く必要があります。「だいたい固まった。そろそろ原稿に取りかかろう」というのは拙速な判断です。

 メモをとらなければ忘れるという不安に駆られるかもしれません。それでも書かずに過ごしてください。忘れるような内容なら忘れてしまえばいいし、必要ならまたふと思いだすものです。自由な「想造」の段階において、書くことは柔軟性を失わせます。今まで空想してきた流れも、ある日突然変えたくなったりもします。何も書いていなければ、この臨機応変さに何の支障も生じません。

 そのうち貴方の知らないことが出てきたら、調べものをします。のちの執筆時にはきちんと裏付けをとらねばなりませんが、「想造」の段階なら、まだネットで簡単に調べるだけで充分です。

「想造」の才能

 物語を結末まで「想造」しました。でもまだあらすじを書きとめてはなりません。連日、壁の登場人物たちを眺めながら、最初から最後まで順を追って物語を空想し直しましょう。想像の中に浸り切って楽しむことが重要です。そのうちより面白いアイディアを思いついたりします。無駄な部分は忘れ、自然に切り捨てられていきます。

 どう書こうか、本当に書けるだろうかという心配などせず、とにかく脳内で「想造」した物語を完結させましょう。物語を連日、繰りかえし想起し、ひとり夢中になって楽しめるレベルにしておくことです。もし思いだすのが苦痛なら、それは物語のつまらなさを意味します。登場人物の一部を入れ替えたうえで「想造」をやり直しましょう。

 これまで貴方が時間を潰す時、本を読んだり動画を観たりするより、自分の空想のほうが楽しいと感じたことはありませんか。

 それなら貴方は間違いなく「想造」の才能に恵まれています。よく「成功を強くイメージすれば実現する」と言われますが、小説家は想像力こそが肝のため、これほど成功のイメージが結果に反映されやすい仕事は他にありません。

 人それぞれに個性があり、みな特別な存在です。貴方が「想造」によって紡ぎだした物語は、貴方の性格や経験、知識、嗜好などが結合した、けっして他人には想像しえないものになります。面白くないはずがありません。

 残念ながら紙数が尽きたので、今回はここまでといたします。さらなる作法を知りたい方はご面倒でも拙著をお読みください。

 一般に中高年のほうが経験や知識は豊富でしょう。その意味では「想造」作業に有利な面もあるのです。多くの才能が小説家を目指すことを私は心から願っています。

松岡圭祐(まつおかけいすけ)
小説家。1968(昭和43)年生まれ。1997(平成9)年に小説家デビュー。「万能鑑定士Q」「探偵の探偵」「千里眼」「高校事変」「水鏡推理」などの人気シリーズ、『催眠』『ミッキーマウスの憂鬱』『蒼い瞳とニュアージュ』などのミリオンセラーや映像化作品を多数執筆。

週刊新潮 2021年5月20日号掲載

特別読物「“年収億超え作家”が営業秘密を大公開 『あなたにも明日から小説が書ける』」より

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