文在寅が“大敗北”の米韓首脳会談 ワクチン対象は軍人だけ、声明には「台湾」「北の人権」

国際 韓国・北朝鮮

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再び目論む「平和の使徒」

――韓国にとっては両刃の剣ですね。

鈴置:ええ。自主国防体制を強化できますが、中国から「対中ミサイル包囲網に参加するつもりか」と睨まれるでしょう。韓国はその際、日本用と言い訳すると思われます。まあ、本音でもありますし。

 今回の米韓首脳会談で文在寅政権がもう1つ、「得点」として誇ったのは米国から「南北対話を認められ」さらには「米朝対話の仲介役を期待された」ことです。共同声明に「過去の『南北』と『米朝』間の約束に基づいた対話が重要である」との文言が盛り込まれたことを根拠にしています。

 文在寅政権は「2018年4月の南北首脳会談で交わした板門店宣言をテコに同年6月に史上初の米朝首脳会談が開かれ、そこで非核化を約した米朝共同声明が実現した」と、自分が「平和の使徒だった」と主張しています。

 しかし、北朝鮮が完全な非核化を拒否したため米朝関係は暗礁に乗り上げ、文在寅政権の「手柄」も雲散霧消しました。大統領とすれば引退後に刑務所に送られるのを防ぐにはもう1度、米朝首脳会談を取り持って「平和構築」の実績を積み直す必要がある。だから「米国から南北対話の許可を取り付けた」と主張し始めたのです。

政府系紙も「南北対話は困難」

――「平和の使徒」作戦は再起動できるでしょうか?

鈴置:容易ではありません。まず、バイデン政権が金正恩(キム・ジョンウン)委員長との安易な首脳会談に拒否感を示しているからです。それはD・トランプ(Donald Trump)前大統領の手法そのものです。

 東亜日報も「青瓦台『バイデン、南北交流を認めるだろう』…米国『金正恩との会談は最優先ではない』」(5月22日、韓国語版)でそう指摘しています。

 そもそも金正恩委員長が南北会談に応じる可能性は極めて低い。2018年に応じたのは現金を貰えるとの思惑からだったのでしょうが、米国の厳しい監視もあり、文在寅政権はカネを十分に送れなかった。北朝鮮は裏切られたのです。

 文在寅政権の残りの任期は1年を切った。そんな政権と交渉しても意味はない。さらに今回の米韓共同声明の「北朝鮮の人権侵害」の指摘。「米朝」以前に「南北」首脳会談でさえ実現は困難なのです。

 政府系紙のハンギョレでさえ「北朝鮮の肯定的な呼応を期待するのは難しい」と書いています。「韓国政府、『朝・米の対話再開』に向けた役割・責任がさらに大きくなった」(5月22日、韓国語版)です。

建国以来の外交敗戦

――文在寅政権にとって、米韓首脳会談は失点だけだった?

鈴置:そういうことです。韓国建国以来、最大級の外交敗北だったと思います。米国は自国の利益を損ねる政権が韓国に登場するたびに露骨に大統領を侮蔑し、韓国民に「2度とこんな大統領を選ぶな」と警告を送ってきました(図表「米国から侮蔑・難詰された韓国大統領」参照)。

 今回は反米政権をひざまずかせたうえ、韓国民には「ワクチン55万人分」という、実に分かりやすい「警告」を送ったのです。冒頭で引用した朝鮮日報の記事にも「政権交代だ」という読者の書き込みがありました。効果はちゃんとあがっています。

 同紙は会談後、初の社説「虚言に終わったワクチンスワップ、『国軍55万人分』で感泣する時か」(5月24日、韓国語版)で「文大統領はワクチン55万人分を貰って『サンキュー』を繰り返し、自画自賛した。いつまでこんな状況が続くのか」と激しく政権を攻撃しました。

 ワクチン不足が続けば「やっぱり反米左翼政権はだめだ」との声が高まり、2022年3月の大統領選挙にも大きく影響することになるでしょう。米国の狙いもそこにあるのは間違いありません。

保守にとっては福音

――それなら、保守系紙は米韓首脳会談を全力で叩いている?

鈴置:そうでもないところが興味深いのです。確かに「たった55万人分のワクチン」は政権を叩く有効な攻撃材料です。しかし、今回の首脳会談により、崩壊に向かっていた米韓同盟に修復の兆しが見えた。

 それは米国の強力な圧力の結果であって、文在寅政権の本意ではない。しかし「このままでは米国に捨てられる」と思い詰めていた保守や中道の人々にとって、ほっとする結果だったのです。左翼政権にとっての外交の歴史的敗北は保守にとっては福音なのです。

 先に引用した朝鮮日報の「北の人権・台湾に言及した韓米共同声明、ぎくしゃくしていた両国関係を近づけた」の見出しの「両国関係を近づけた」が、その「ほっとした」心情を率直に表しています。

 中央日報の解説「【ニュース分析】ワクチン提携、ミサイル制限解除…韓米同盟が正常軌道復帰」(5月22日、日本語版)の見出しも「同盟消滅寸前の状況から劇的に引き返し始めた」との安堵感を伝えています。

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