「伝統文化」を守る人が文化を息苦しくする ヴァレンティノ広告の炎上を考える(古市憲寿)

古市憲寿 誰の味方でもありません 国内 社会 2021年04月22日

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 ヴァレンティノの広告が炎上した。畳の部屋にモデルが土足で座り込んだり、着物の帯に見える布をハイヒールで踏んだりというのが、日本の伝統文化に対する冒涜だというのだ。

「時代劇では土足どころか、畳の上で殺し合いまでしていますよね」と突っ込みたくなるが、まあいい。気になったのは「伝統文化」という不思議な言葉である。

 確かに畳は日本列島で古くから使われていた。今から約千年前、平安貴族の邸宅には、既に畳が見られる。しかし用途は今の畳と大きく違った。何と移動式なのである。邸宅は板敷なのだが、人がいる場所にのみ畳が置かれ、縁(へり)の柄が座る人の身分を表していた。

 床中に畳を敷き詰めるようになったのは、室町時代からと言われている。1486年建立の東求堂(とうぐどう)は、ほぼ同じ大きさの畳によって部屋が構成されていて、現代人にも馴染みのある見た目だ。書院造の源流と言われる。

 庶民も土間の上に藁を敷いて生活していたのが、次第に畳を使い始め、江戸時代の長屋には狭いながらも畳敷きの部屋があった(『日本住居史』吉川弘文館)。

 畳を日本の「伝統文化」と言った時、果たしてどの時点を伝統の基準にするべきなのか。古さで言えば、移動式こそが本来の畳であり、書院造は邪道ということになる。書院造を基準にした場合、床の間や棚などの座敷飾りを省いた現代の和室はルール違反となる。畳に土足どころの騒ぎではない。

 そもそも畳は、ワラやイグサを編んだ敷物から発展したはずで、「敷物」という概念は半島や大陸由来かもしれない。あらゆる文化は土地を越えて影響を与え合っている。

 どれほど伝統に思えるものも、時代と共に不断に変化を経験してきた。言い換えれば、変化したからこそ、生き残って来られた。もしも「長押や床の間を設置できない場合、畳の使用を禁止する」という決まりがあったら、ここまで畳は普及しなかったはずだ。

 土足で畳に上がることに違和感を抱く人がいてもいい。しかしその正義感は、畳が国際化する可能性を奪ってしまうかもしれない。

 日本国内における畳需要は減少し、イグサ農家も激減している。畳業界の未来を考えるなら、ハイヒールに踏まれたり、土足での使用を前提とする製品が増えてもいいのではないか。本当に畳を愛する人は、ヴァレンティノに抗議するのではなく、自宅のあらゆる部屋を畳敷きにすればいい。

 いちいちマナー違反に目くじらを立てないことによって、文化は国際化していく。たとえば日本では洋食を食べる時も、椀や皿を持ち上げてしまう人を見かける。ヨーロッパの感覚なら無礼ということになる。コップ以外の器には口を直接つけるべきではないという慣習があるからだ。そのマナーを絶対に守れと言われたら、日本で洋食は大衆化しなかったかもしれない。

 一方で「伝統文化」を守っているつもりの人が、図らずも文化を息苦しくさせ、その破壊に手を貸してしまっているとすれば皮肉である。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。

週刊新潮 2021年4月22日号掲載