コロナ禍で後退した地方自治を検証する――片山善博(早稲田大学大学院政治学研究科教授)【佐藤優の頂上対決】

  • ブックマーク

Advertisement

改革派知事として

佐藤 そもそも国と地方が対等になっていることを、双方がきちんと認識できていない感じがします。

片山 1999年に地方分権一括法が成立し、2000年から施行されました。この法律によって自治体が自分たちで決める領域が増えました。また関与の法定主義と言って、国が地方に何かをさせる際には、法律の根拠が必要となった。それまでは国が勝手に決めても、地方は全国一律の仕組みとして応じざるをえませんでした。でもそれでは地方の実情に合わないことが多かったんですね。

佐藤 片山先生は自治省(現・総務省)を退官されて、その99年に鳥取県知事に当選されました。

片山 だから新たに得たその「自由度」を謳歌しましたよ。

佐藤 「改革派知事」と呼ばれていました。それだけ国とぶつかってきたということですね。

片山 中央の施策と地方の現場のズレが大きいんですね。例えば狂牛病と呼ばれた牛海綿状脳症(BSE)対策では、国は最初、生後30カ月以上の牛についてのみ検査を行うとしました。牛は通常30カ月以上の個体を解体して出荷しますが、それ以下でも解体して流通させることはあります。そこで鳥取県では全頭検査することにした。すると国がクレームをつけてきたんですね。しかも検査キットを売ってやらないと言い出した。

佐藤 それはひどい。

片山 検査はしなくてはいけませんから、調べてみると、検査キットがフランスにあることがわかった。それで買い付けチームを編成して渡航の準備をしていたら、ある日突然、全頭検査の方針が打ち出されました。

佐藤 何の連絡もなく、ですか。

片山 ええ。結果としてよかったのですが、何かひと言くらい国は鳥取県に釈明してもいいと思いましたね。

佐藤 当時の片山先生の活躍で有名なのは、00年の鳥取県西部地震で、倒壊した家屋に対して300万円の補助金を出したことです。

片山 復興の基本政策は、できるだけ元の場所に住み続けられることでした。家屋が軒並み壊れて、しかも被災者の多くはお年寄りでしたから、自力再建も難しい。何もしなければ、東京や大阪の子供のところにどんどん出ていったと思います。そうならないために、被災した個人の住宅再建のための補助金を出しました。これは先ほどの、地方が得た自由度の範囲内の政策選択で、違法でも何でもありません。でも政府からは、ものすごい批判が来ました。

佐藤 住宅は個人の財産だから、そこにお金を投入すべきでないということですね。でも鳥取県の場合、人口流出を防ぐことは極めて重要な政策です。

片山 それは県の政策の大きな柱です。災害後に橋をかけ直したり、崖崩れを直したり、道路を整備したりしますが、肝心の人がいなくなってしまったら、何にもならない。そこで何が必要かといえば、そこに住み続けられる環境を整えてあげることです。

佐藤 経済学者・宇沢弘文氏の言葉を借りれば、住宅の再建は一種のコモンズ(社会的共通資本)ですね。

片山 おっしゃる通りです。まさに住宅をコモンズと考えるかどうかの争い、見解の相違でした。ちなみに宇沢先生は鳥取県出身です。

佐藤 県民性ですね。通じ合うところがある。

片山 この問題で最後の決め手になったのは、農地の災害復旧で畔(あぜ)が壊れた際には補助金が出ていることでした。農地は私有財産です。そこに税金を使って住宅に使えないのはなぜか、と迫ったんですよ。

佐藤 それはいい攻め方です。

片山 そうしたらしばらく黙ってしまって、やがて「農地は生産手段で、住宅は生活手段だから違うと思いますよ」と言うのです。これはもう私、忘れられない言葉です。そこで「生産のための支援はしていいが、生活のための支援はだめだというのか。あなたのその言葉を公に言ってもいいか」と迫ったら、「待ってください」ということで、話がほぐれてきたのです(笑)。

地方自治は後退した

佐藤 いまの知事で、地方は国と対等だという認識を持って仕事をしている人はどのくらいいるのでしょうか。

片山 全然わかっていない人も多いと思いますよ。理屈ではわかっていても体でわかっていないとか。わかっていてもあえて国の言う通りにした方がいいと考えている人もいる。

佐藤 最近では、島根県の丸山達也知事が、県内でのオリンピック聖火リレーの中止を検討すると発言しましたね。

片山 丸山知事は、昔から骨のある人だと思っていました。一風変わっていますが、旧自治省出身のまっとうな考えを持った知事ですね。

佐藤 片山先生と同じような経歴です。数えてみたら、総務省や統合前の旧自治省から知事になっている人は、いまも12人いました。

片山 旧自治省出身の知事は、内務省の伝統というのか、プライドがあって、時の権力に阿(おもね)らない筋の通ったところがあった。ただ、いまは遊泳術ばかり上手な人もいます。

佐藤 知事は直接選挙で選ばれますから、ポピュリズムに流れることもありますし。

片山 とくに大都市では人気稼業みたいになってしまいますね。

佐藤 片山先生は、住民投票で否決された、府と市を一体化させる大阪都構想には非常に懐疑的で、逆に東京都を府と市に分けることを提唱しておられますね。

片山 東京は仕事が多く複雑すぎて、一人の知事の手に負えなくなっています。神奈川県知事と横浜市長を兼ねているようなものですから、限界を超えている。組織管理の観点からも分けたほうがいいですし、歴史的に見ても、東京市の自治を奪う形で市と府を一緒にしたわけですから、元に戻したほうがいいのです。

佐藤 戦時体制下のことですね。

片山 昭和18年に東京府市を合体させました。それまで東京市長は議会から選ばれていましたから、一応はデモクラシーの産物です。一方、当時の東京府知事は官選で、デモクラシーとは無縁の中央集権型知事でした。つまりこの時、府市を統合することでデモクラシーから遠ざけようとしたのです。

佐藤 そこから見ると、大阪都構想は、市と府を一体化させようというわけですからまったく逆の動きになりますね。

片山 明治時代にも東京市と大阪市は知事が市長を兼ねていた時期があります。それをやめて市長を新たに選任することになり、それがまた一体化したという流れがある。都市の自治からすれば、東京市に戻したほうが理に適っています。

佐藤 国際的に見ても異質です。モスクワもサンクトペテルブルクも大都市自治体です。

片山 ニューヨークもソウルもパリも大都市自治体です。小池知事がオリンピックの旗をもらいにリオデジャネイロに行きましたね。あれは“東京市”の仕事。それから豊洲市場も都営地下鉄も東京市の仕事です。東京市の膨大な仕事がありますから、どうしても“東京府”知事としての仕事はおろそかになる。三多摩や島嶼(とうしょ)部まで目が行き届いていません。東京都でも奥多摩まで行くと、抱えている問題は鳥取県の田舎と変わりませんが、放置されているように見えます。

佐藤 その中で今年のようにオリンピックとコロナ対策が重なると、行き届かないことがさらに多く出てくるでしょうね。

片山 しかも知事は組織管理能力や専門分野のあるなしに関係なく選挙で選ばれてしまいますから、その点でも限界はあります。

佐藤 だから国にお伺いを立てるし、言うことを聞いてしまいがちになる。

片山 私は今回のコロナ禍で地方自治が後退したと思っています。国と地方の関係がかなり昔に戻った。しかし中央の官僚には地方のことはよくわかりません。地方自治の原理は、地方のことは地方が責任を持って決める、です。地方分権改革の精神に立ち返って、いま一度、地方自治を検証する必要があると思います。

片山善博(かたやまよしひろ) 早稲田大学大学院政治学研究科教授
1951年岡山県生まれ。東京大学法学部卒。74年自治省(現・総務省)入省。鳥取県財政課長、大臣秘書官、固定資産税課長、府県税課長などを経て98年に退官。99年鳥取県知事に当選、2期務める。2007年慶應義塾大学教授、10年民主党菅内閣で総務大臣(民間人閣僚)に就任。17年より早稲田大学教授。著書に『知事の真贋』など。

週刊新潮 2021年3月25日号掲載

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

あなたの情報がスクープに!

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。