睡眠不足はワクチンの効き目にも影響 コロナ禍で低下する「睡眠の質」改善法とは

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 正しい眠りは健康の礎。わかっていても実践するのは難しい。睡眠不足はいかに身体を蝕むのか? 快眠を生む生活習慣とは? 『最新研究が示す 病気にならない新常識』を著した東京医科歯科大学の古川哲史副学長が、寿命を縮めないための「睡眠法」を指南する。

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 新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)予防のための自粛生活が健康に与える悪影響についてはよく知られています。代表的なものが、家にこもることによる運動不足でしょう。それが精神を蝕むリスクであることは言うまでもありません。

 他方、意外と知られていないのが、睡眠に与える影響です。世界中で「ステイホーム」が励行されたことで、睡眠時間は中国では平均34分、米国では平均100分も長くなったそうです。

 睡眠時間が長くなった、と聞くと結構なことのようですが、実はそう単純な話ではありません。睡眠時間に余裕ができることで、浅い睡眠であるレム睡眠の時間も長くなりました。簡単に言えば、夢を見る時間が長くなった。

 レム睡眠や夢は、日中に起こったことの記憶の整理につながるので重要です。また、日常で感じた「恐怖」を脳内で消去するという仕事もしてくれると考えられています。心的外傷後ストレス障害(PTSD)の患者には夢を使って治療が行われているくらいです。夢を見ても、恐ろしい出来事の記憶がそっくりそのまま再現されるというほどの悪夢を見ることはほとんどありません。夢を見ることは、恐怖を消去するプロセスと考えられています。

 ところが、問題はCOVID-19流行以後、報告されている夢は、感染や収入減など、現実世界の「恐怖」がそのまま反映されているものがあるというのです。理由はわかりませんが、COVID-19流行後、夢が恐怖を消去するという正常な機能を果たしていないようなのです。

 ここまでの影響を受けている人がどれだけいるのかはわかりませんが、睡眠が健康な生活の基礎を作るのは言うまでもありません。その重要度は食生活と変わらないくらいです。最新の著書『最新研究が示す 病気にならない新常識』(新潮新書)で私は「その睡眠不足が死を招く」と題し、一章を割いて、睡眠の重要性を説きました(ちなみに他は食事、運動、ストレスです)。

 ステイホームや、「動画見放題」の影響で、良質な睡眠をとれなくなっている人が増えていくのではないか。この点が予防医学を研究する立場としてはとても心配です。そこで、本稿では同書をもとに、日常の睡眠で気を付けるべきポイントを並べてみようと思います。

ジャンクフードの増加

1. 睡眠時間6時間以下は、心停止リスクを4~5倍にする

 睡眠と健康に関する研究は膨大にあります。基本的に睡眠時間が短いと、寿命が短くなる、特に心臓病、肥満、糖尿病、がん、認知症などが増えることがわかっています。

 では短いとはどのくらいで、どういう影響があるのか。

 2011年、50万人以上を対象とした追跡調査が行われた結果から、睡眠時間が短いと、狭心症や心筋梗塞を発症、あるいはこれらが原因で死亡するリスクが50%近く上昇することがあきらかになりました。

 これとは別に日本では、4千人の男性労働者を対象とした調査が行われ、「睡眠時間が6時間以下だった人は、6時間より多かった人に比べて、心停止を起こすリスクが4~5倍に増えている」こともわかりました。

2. 4時間睡眠が続くと、血糖値を下げる力が半分になる

 こんな臨床研究が行われています。血糖値が正常で糖尿病のきざしが全くない健康な人に対して、1日4時間の睡眠を1週間続けてもらった。すると、血糖値を下げる能力が、十分な睡眠をとっていた時に比べて半分近くまで落ちてしまったのです。

 どうやら筋肉や肝臓の細胞が、糖を取り込む能力が下がっていたためのようです。これは、II型の糖尿病になりやすくなるということなので要注意です。

3. 睡眠不足は太る

「食っちゃ寝」などという言葉があるように、寝ることイコール怠惰というイメージがあり、そこから肥満、という連想をする方もいるかもしれません。しかし、実際には睡眠不足こそが肥満のタネです。これはホルモンの作用が関係しています。

 シカゴ大学のコーター博士という人が興味深い実験を行っています。まず、被験者に5日間、毎晩8時間半の睡眠をとってもらい、次の5日間は4~5時間しか睡眠をとれないようにしました。そして、それぞれの人の「満腹ホルモン(レプチン)」と「空腹ホルモン(グレリン)」を測定しました。前者は満腹を感じるホルモンなので食欲を抑えます。後者は逆の働きをします。

 すると、4~5時間睡眠では空腹ホルモンが増加することがわかりました。

 ただしこれだけでは実際に食べる量が増えるかどうかはわからない。そこで博士は、被験者に4日間は8時間半の睡眠をとってもらい、次の4日間は4時間半の睡眠をとってもらったうえで、食事量を調べました。食事は好きなだけ食べていい、という条件です。

 すると、4時間半睡眠の方が1日当たり300キロカロリーも多い食事量となっていたのです。しかも増えたのは、主にアイスクリームやクッキーなどジャンクフードでした。

4. 睡眠不足、不規則睡眠ががんの発症率を上げる

 ヨーロッパで行われた大規模な疫学研究では、睡眠時間が6時間以下の人は、7時間以上の人に比べて、がんの発症率が40%高いことが報告されました。

 動物実験でも睡眠不足が、がんに関係することが示されています。がんの動物実験では、動物にがん細胞を注射して、その成長を調べます。マウスを使った実験では、睡眠不足のマウスではがんの成長が2倍速いこと、周辺への転移も増えていることがわかりました。

 さらに気を付けるべきは、不規則な睡眠もがんの発症を増やすということです。夜勤のある労働者では、各種のがんの発症リスクが高いことがわかっています。これまでに、乳がん、前立腺がん、子宮がん、大腸がんなどでの報告があります。すでに世界保健機関は、こうしたことを踏まえて「夜勤のある仕事には、がん発症のリスクがあること」を正式に発表しました。デンマークでは、政府関連の仕事で長年にわたって夜勤を続ける仕事、例えば看護師や航空機の客室乗務員などを続けた女性が乳がんを発症した場合、政府として補償金を支払う制度を作っています。

薬に頼らず眠る

5. 睡眠不足はワクチンの効果も抑えてしまう

 現在ほどワクチンについて人々が期待し、また情報を集めている時代もないかもしれません。COVID-19のワクチンと睡眠との関連はまだ報告がありませんが、風邪やインフルエンザに関連しては研究が行われています。

 2015年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のプレイザー博士は、健康な人の鼻の穴にわざわざ大量のライノウイルス(風邪を起こします)を注入したうえで、睡眠時間と感染率の関係を調べるというすごい実験をやっています。すると、睡眠時間5時間未満のグループの感染率は50%で、7時間以上のグループはたったの18%と大きな差がつきました。今なら絶対にできない実験ですね。

 インフルエンザワクチンと睡眠時間の関係も研究が行われています。ここでも7時間半~8時間半の睡眠グループと比べて、4時間睡眠グループでは、抗体の産生量が約50%しかないことがわかりました。つまり予防接種の効き方にも睡眠が関係するのです。

6. 夜更かしは認知症のもと

 日本の国立長寿医療研究センターの調査で、夜更かしをする75歳以上の人は認知症発症のリスクが高まることが示されました。75歳未満では認知症発症と就寝時間の間で特別な関係は認められませんでしたが、75歳以上になると、午後9時~11時に寝る人に比べて、午後11時以降に寝る人の方が認知症発症リスクが1・83倍高いことがわかったのです。同様の報告は米国からも出されています。

 ――ここまでの説明を読んで「要するにちゃんと寝るのが健康にいいってことだろ。俺は健康だけは自信があるから大丈夫」と思った方のために、補足しておけば、睡眠と趣味なども関係することが報告されています。ピアノの練習、スキーなどの運動の上達具合とも睡眠時間は関係しているのです。夜ピアノを練習してもうまくならないので、寝たら翌日にはうまく弾けるようになったというのも実は科学的根拠があるのです。

 さて、そうはいっても、年を取るほどに眠りが浅くなる、長く眠れなくなることは珍しくありません。またいくら長時間眠りたいからといって薬に頼るのでは本末転倒です。そこで、少しでも長く、よく眠るために気を付けて頂きたいことを並べてみましょう。こちらも数多くの実験、研究がベースになっています。

1. 熟睡のためには早朝の太陽光が効果的

 私たちが体内時計を持っていることはすでに広く知られています。この時計をうまく働かせるには、朝起きて日光を浴びることが有効です。そうすると、大体、16時間後に眠気が訪れるとされています。つまり朝5時~7時に日光を浴びれば、夜の9時~11時に眠くなるわけです。

 日光の力は偉大で、こんなデータもあります。職場に窓がある人とない人を比べると、窓がない人は1日に浴びる自然光の量が14%少なく、睡眠時間も平均46分短かったのです。

2. 夜のコンビニ、スマホはNG

 コンビニに罪はありませんが、スーパーなども含めて、照明の強いお店に夜中に行くと、夜にもかかわらず「今は昼だよ」と誤った情報が脳に伝わって体内時計が狂いやすくなります。

 またスマホやタブレットから出るブルーライトにも要注意です。ボストンにある病院で行われた研究で、夜にタブレットで読書をした被験者は、紙の書籍を読んだ被験者に比べて寝つくまでに時間がかかり、レム睡眠の時間も短く、メラトニン(睡眠ホルモン)の分泌量が少なかったという結果が出ています。

コーヒーの影響は?

3. コーヒーは午後2時まで

 物質が体内で分解されて効果が半分になるまでの時間を「半減期」といいます。コーヒーに含まれるカフェインの半減期は比較的長くて、5~8時間。夕食後の午後7時に飲むと深夜まで影響が残ってしまいます。カフェインは紅茶やチョコレートなどにも含まれるので、これらも夜遅くだけでなく午後2時以降は控えたほうがいいでしょう。

4. 寝酒は良くない 

「寝る前にお酒を飲むとぐっすり眠れるんだ」という人もいるかもしれません。そこまでいかなくても、寝酒は寝つきを良くすると思っている人は多いと思いますが、これは大きな誤解です。

 たしかに、お酒で眠くなる人は珍しくなく、居酒屋でも気づけば隣の人がイビキをかいて……なんて経験をお持ちの方も多いことでしょう。問題は、こうした眠りは自然の眠りとは異なる点です。具体的にはノンレム睡眠(深い眠り)からレム睡眠への移行を抑えてしまう。深い眠りだけでいいのでは?というのは間違いで、両者が良いリズムで繰り返されることが、健康だけでなく記憶にとっても必要です。

5. 運動は朝に

 寝酒と似たような話になりますが、運動も寝る前や夜よりは朝のほうが望ましいことがわかっています。アメリカの大学で午前7時、午後1時、午後7時に運動する三つのグループに被験者をわけて睡眠パターンを調べたところ、午前7時のグループが、睡眠時間が一番長く、眠りも深いことがわかりました。

 今では24時間営業のスポーツジムなども多く、深夜に頑張ってトレーニングしている方も多いと思います。それ自体はいい面もあるのですが、睡眠のことを考えると必ずしも賢い方法とは言えないのです。

 たとえ有効なワクチンが登場したとしても、それで私たちの健康が保証されるわけではありません。病気はコロナのみならず、なのです。だからこそ、健康の根幹となる睡眠について正しい知識を身につけて、良質の睡眠をとり、免疫力を強化していただきたいと考えます。

古川哲史(ふるかわてつし)
東京医科歯科大学副学長。1957年、東京都生まれ。89年、東京医科歯科大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。現在、同大学の副学長を務める。専門は循環器内科。『心房細動のすべて』『心臓によい運動、悪い運動』など著書多数。

週刊新潮 2021年3月25日号掲載

特集「あなたの寿命を縮めないための最高の『安眠法』」より

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