外需から内需へ転換 「脱米」に向かう中国――富坂 聰(拓殖大学海外事情研究所教授)【佐藤優の頂上対決】

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 制裁関税の応酬などで深刻化した米中対立に、この1年余のコロナ禍が加わり、世界経済、とりわけサプライチェーンは大きく毀損された。これを受けて「世界の工場」として発展を遂げてきた中国は、いま大きく経済政策を変えようとして発展している。彼らが掲げる「双循環」とはいったいどんな戦略か。

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佐藤 富坂先生がいらっしゃる拓殖大学海外事情研究所の建物は、昔、外務省の研修所でした。私もそこで研修を受けたことがあります。

富坂 歴史を感じる建物ですよね。いつ地震が来て倒れてもおかしくないくらいに(笑)。

佐藤 義和団事件の賠償金で1933年に作られた建物ですから、相当古いですよ。あの中には合宿所もありました。

富坂 私がいただいた部屋には、ユニットバスがついています。もっともシャワーなどは使えないようになっていますが。

佐藤 その名残ですね。その1階の食堂では「会食演習」があり、ホテルオークラからシェフを呼んでフランス式とイギリス式のテーブルマナーでフルコースを食べました。グラスの並べ方など、微妙に違うんです。

富坂 外交官に必要なことは何でもやるのですね。

佐藤 もともと拓殖大学は、台湾開拓のために設立されました。そこでいま、中国の専門家である富坂先生が教えておられるのは、何かの縁ですね。

富坂 学者としては異端の存在でしょう。週刊誌記者から出発して長らくジャーナリストとして活動してきましたから、私自身、アカデミズムの世界に適合できているとは思っていません。中国分析には自信がありますが、「学術の人間」という感覚はなかなかもてません。

佐藤 確かに経歴を見ると、異色です。まず高校に行かず、台湾に渡られている。

富坂 16歳の時でした。高校に入ってすぐ辞めてしまい、一人で台湾に渡りました。まあ、とはいっても実態は島流しでしたが。台湾には1年半ほど暮らし、一時帰国してすぐに中国に渡り、北京語言学院を経て、北京大学に入りました。

佐藤 私はただの旅行ですが、15歳の時に一夏かけて、ソ連・東欧を一人で回りました。やはりその時期の体験は物事を考える上で、非常に大きな影響がありますでしょう。

富坂 自分がまだ固まりきらない時期ですから、中国人の考え方や行動様式が、肌感覚で理解できたのは自信になりましたね。

佐藤 そうでしょうね。

富坂 例えば、台湾は親日だと日本人は口をそろえますが、そんな単純なものではありません。中国より台湾にいた時の方が頻繁に「南京大虐殺についてどう思うんだ」と、責められました。

佐藤 中華人民共和国ではなく、中華民国での出来事ですからね。

富坂 また台湾で最初に学んだのは「これで中華民国は安泰だ」という一文でした。これは日本の裏切りに対する台湾の人々の憎しみを表現した言葉で、当時の小学2年の教科書に載っていた田中角栄の話です。彼が日中国交正常化を進めたことで、台湾は捨てられた。孤立した中華民国はたいへんなことになると、街頭募金をしていたら、小さな子供が「これをお国のために役立ててください」と、自分のお小遣いを入れる。それを見ていた老婆の言葉なのです。

佐藤 確かに台湾から見れば、田中角栄は憎っくき存在ですね。

富坂 そうした体験から、私には台湾が単に親日とは捉えられない。台湾は小さく、大国の間で木の葉のように揺れ続ける運命を背負っています。だからずっと親日であるかなんてわかりませんし、中国と最後の最後まで対立を続けるなんて、楽観的な見方はできません。

佐藤 親日の台湾は、保守系の人たちの間にある、願望としての台湾でしょうね。

富坂 そうです。ただ、台湾や中国に関して、私の言っていることはなかなか歓迎されなくて、保守からも革新からも嫌われています。またヤフーの検索サイトで私の名前を入れると、予測検索で「スパイ」と出てくる(笑)。

佐藤 中国の、ですね。でも富坂先生は、ある意味、戦前の拓殖大学の伝統を引き継いでいるとも言えます。相手になりきって考えることができる。拓大教授でもあった大川周明は『復興亜細亜の諸問題』を著しました。中国から中央アジアにわたる地域の内在的論理を見事におさえた本です。拓大出身者はこの本を読んで、馬賊になるつもりで中国に移住しました。富坂さんの言説は、日本の標準ではないかもしれませんが、相手国の内在的論理で物を見ている。先月、この欄にご登場いただいた同じ拓大の武貞秀士先生もそうでした。

富坂 確かに帰国直後は、社会復帰プログラムが必要なくらい中国人的だったと思います。

中国は経済一本やり

佐藤 本日はその富坂先生に、中国がいま何を考えているかを教えていただきたい。まず対立の続く米中関係ですが、アメリカは中国に関して、かなり見当違いな認識を持っていると私は思っています。例えば、国家安全保障問題担当の大統領補佐官ロバート・オブライエンによる昨年6月の演説です。「中国共産党のイデオロギーと世界的野望」という題でしたが、中国は共産主義だと、国際共産主義を目論む脅威なのだと言っている。帝国主義国家としての中国の脅威ならわかります。アメリカにはまだ、共産主義の脅威として見えているんですね。

富坂 ええ。あるいはそう見ることで、中国に対抗する仲間が作れると考えているかですね。

佐藤 反共シンドロームから抜け出せていない。

富坂 1978年以降の中国は自らを社会主義の「初級」と位置づけ、それに従って動いています。つまり我々はまだ社会主義に到達できる段階にはなく、いまやらなくてはいけないのは、国民を豊かにすること、すなわち発展だということです。

佐藤 トウ小平の時代ですね。そこから改革開放が始まる。

富坂 はい。中国では、路線、方針、政策という順番に物事が決まっていきますが、その大本である路線と方針は、国民を富ませることです。ですからそれ以来、中国は経済一本やりです。それを100年やるのが「二つの100年奮闘目標」です。また2012年の胡錦濤総書記は活動報告で「社会主義核心価値観」を打ち出しますが、その24文字の最初に来るのも「富強」です。

佐藤 実際にその路線通りやって、順調に発展を続けています。

富坂 最近、『決断のとき』というジョージ・W・ブッシュ元大統領の回顧録を読み直しました。中国では江沢民と胡錦濤の時代に当たりますが、この本の中にブッシュが胡錦濤に「あなたにとって、考え始めたら眠れないような怖いことは何ですか」と尋ねるシーンが出てきます。

佐藤 面白い質問ですね。

富坂 胡錦濤はしばし考え込んだ後、「この国の民に仕事を与えられなくなったらどうしようかと、それを考え始めたら眠れなくなる」と、答えるんですね。これは本音でしょう。やはり中国の人民をどう食べさせていくかが一番の問題なのです。

佐藤 パターナリズム(父権主義)国家ですから、そこは重要です。旧ソ連のブレジネフ書記長も同じでした。彼はロシアの小麦は家畜用にし、石油やガスを売ったお金で、良質な小麦をカナダから輸入していました。だからパンが安く、おいしかった。それでロシア人はソ連体制の中で満足していたのです。

富坂 それがゴルバチョフのペレストロイカの後に崩壊しますね。

佐藤 私にゴルバチョフ大統領が幽閉されていることを教えてくれたロシア共産党第2書記のイリインは、崩壊の理由をこう語っていました。ブレジネフは西側から入ってくる大量消費社会にソ連が耐えられないことがわかっていた。でもゴルバチョフはそうでなかったと。つまり爆発的に拡大していく欲望に対抗できるイデオロギーがソ連になかったということです。それはいまの中国においても課題ではないですか。

富坂 そうですね。中国は急速にネット社会になり、それが大量消費の拡大に拍車をかけていますから。

佐藤 中島恵さんの『中国人のお金の使い道』を読むと、もともと中国は赤の他人のことを信用しない「相互不信社会」だったので、アリペイのような電子決済システムが急速に浸透したと指摘してある。クレジットカードは与信管理が難しく根づかなかった一方で、アメリカのペイパルと同じ仕組みのアリペイは、販売者と購入者双方のリスクが回避できる形だから広まったと分析していた。

富坂 アリペイを運営するアントはアリババグループですが、いまやアリババなくしては中国社会が成り立たないほどの大きな存在です。その彼らに、国としてどう影響力を行使していいかわからない。それが中国のいまの悩みです。

佐藤 オンライン決済などネットを使うことで、業者は信用供与をしますね。そこは、いままで党が認定してきた、党員として忠実であるという信用、価値観と合致しない可能性があります。

富坂 個人や企業の信用醸成の蓄積によって、アリババのEコマース部門から独立したのがアントです。昨年、情報共有を求めてきた中国当局とぶつかったとも言われますが、アントのフィンテック(金融+技術)としての立ち位置の曖昧さが問題視されたのでしょう。金融当局は債務の実態を把握しきれないことに苛立っていました。いずれにせよ、彼らをどう中国社会に埋め込んでいくか、いまだいい方策がありません。

佐藤 そこがこれからの中国のチャレンジになる。

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