イラストレーター「伊野孝行」が20年モノの中古自転車と“相棒”になれた理由

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突如出会った20年モノの自転車

 元々は自転車に興味がなかったという、イラストレーターの伊野孝行さん。友人からの連絡を受け、購入することになったのは「ロイヤルノートン」の中古自転車だった。お店からの帰り道、知らないおじさんから話しかけられ――。

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 自転車はずっと9千円のママチャリだったが、一昨年の秋に9万円するお洒落なシティサイクルを買った。色はブルーグレー。気に入って買ったはずが、街で見かけるサイクリストたちの個性的な自転車に目移りするようになった。今まで自転車なんて気にもとめてなかった。ぼくのはなんとなく物足りないのだ。

 友人のリンタロウは自分で自転車を組み上げるチャリンコ野郎だ。ガレージに居住スペースをくっつけたような彼の家には、常時5、6台分のパーツがひしめいている。「自転車、気に入ってないなら、元がわからないくらいに改造してやろうか」「いや……最近やっとこれでいいと思うようになったんだ、初心者の俺にはお似合いでしょ」半年乗ってそれなりに愛着も出てきた。なんとか好きになろうとしていた。

 去年の5月。リンタロウから「すごく似合う自転車を見つけたよ~」と連絡があり、甲州街道沿いの中古自転車屋「バイチャリ」に見に行った。ロイヤルノートンという名前の、ドロップハンドルの青いビンテージ。20年前のもの。値段は6万円。給付金も出たし買っちゃうか!(前の自転車は、コロナ禍の中弁当を買いに行く足が欲しいという友達に4万円で売った……俺は薄情者だ) 「ロイヤルノートン」で検索するといくつか記事が出てくるが、ホームページがない。名前はイギリスっぽいが埼玉にあるメーカーで今はやってないらしい。

「僕もね、買おうかなと思ってたんだよ」

 店から家まで乗って帰る。ドロップハンドルが怖い。自宅の最寄駅、下高井戸の開かずの踏切につかまった。ぼくはニヤニヤと、乗ったまま自転車を眺めていた。まだ自分の相棒という気がしない。

 その時である。60代くらいのおじさんがスーッと自転車で横に来た。

「そのロイヤルノートン、バイチャリで買ったの?」「……は? はい。今、買って来たところです」おじさんは、ヴェテランの風格。「僕もね、買おうかなと思ってたんだよ」「ロイヤルノートンって今はやってないんですか? 調べてもいまいちわからなくて」「ロイヤルノートンは一人のビルダーがオーダー専門でやってたところで、去年だったかな、高齢化でやめちゃったんですよ。いい腕の職人さんでね。ぼくも妻用に一台作ってもらったことがあるの」「これは2000年のだって聞きました」「じゃあ、まだ現役バリバリの頃だね。いい仕事してますよ」とおじさんは目を細める。「きれいだね」「たぶん前の持ち主はあんまり乗ってなかったんじゃないですかね。ちなみに新品だったらいくらくらいするんですか?」「たぶんフレームだけでも13、14万。全部入れたら20~25万くらいかもね」値段を聞いて、いい自転車を買った確信が持てる素人。

「いい乗り心地でしょう。こうやって話してたら、俺も買っときゃよかったな~って気持ちになって来たよ」「はい、大事に乗ります」

 踏切が開き、おじさんは道の向こうへ走り去って行った。

 一気に愛着のわく物語がついてきた。

伊野孝行(いの・たかゆき)
イラストレーター。1971年生まれ。著書に『画家の肖像』、アニメにEテレ「オトナの一休さん」などがある。

2021年3月7日掲載

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