「井上靖」が「山崎豊子」に送った“凄絶な言葉”とは 作家の言葉は後世の人間にも影響

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井上靖の手紙にあった「橋は焼かれた」

 井上靖文学館学芸員の徳山加陽さん。昨年刊行された『地図で読む松本清張』(帝国書院刊)の編集に関わることを打診されたとき、ある文豪が残した一言に励まされ、前に進むことができたそう。

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「直木賞受賞おめでとう/橋は焼かれた」一通の葉書を山崎豊子(やまさきとよこ)は受け取った。1958年、差出人は井上靖(いのうえやすし)。

「作家としての確たる覚悟を促すために、小説を書くという修羅場で、既に橋は焼かれた、もはや退くことはできないという言葉を贈って下さったのだと思う。この短く凄絶な言葉は、今も私の心の中に生きている」と山崎はエッセイに記している。

 この「凄絶な言葉」、実は井上靖も受けている。井上が芥川賞を受賞した時、師の佐藤春夫(さとうはるお)から「橋はすでに焼かれた。あとは斬死するばかりでしょう」と激励された。

「文学することのきびしさを戦場にたとえ、そこで倒れるまで闘えという意味で、文学することが、いかに苛烈なものであるかを、先生は改めて私に諭して下さったのであった」

 続きの話はまだある。その井上靖は、松本清張(まつもとせいちょう)が芥川賞を受賞した3年後、ばったり朝日新聞社で出会った清張に「もう新聞社に居る必要はないでしょう」と言い残した。清張は「いつまでも、フンギリのつかない自分の怯懦(きょうだ)を指摘されたような気がし、はじめて辞表を書く決断をつけた」と追懐している。

 このように作家たちの言葉は受け継がれ、時にその言葉に鼓舞され、人生が動き出す。

文学で描かれる土地の「実際の地形」を検証

 産後3カ月、私は新型コロナウイルスによって一変した世界の中、取り残されたような気持ちで過ごしていた。そこに一通のメール。「清張の『天城越え』について書きませんか」だった。帝国書院から2010年に刊行された『松本清張地図帖』の増補版の出版を計画しているという。私は文学の楽しみをさまざまな切り口で伝えたいという思いがあり、その一つが文学で地域を知ることだった。

「やれるかやれないか判断に迷うような時には、やってみることだな。やれないものは初めから判る」井上の小説『わだつみ』の一節が頭に浮かび、私は即決した。

 先月発行された『地図で読む松本清張』は、小説の原文を用いながら、地図に照らして、地形の成り立ちや特徴を読み解くものである。私が執筆した『天城越え』の章では、作中で重要な意味を持つ雨について、日本有数の多雨地帯であることを紹介し、杉林の描写を御料林だった歴史から紐解いた。そして、作家たちの想像をかきたててきた天城峠が、作品にどのような効果をもたらしているか考察した。コロナ禍においては、紙面で旅をするお供になり、また旅の計画を立てる楽しみになる本である。

 人との縁は不思議だ。この執筆は、2018年の静岡書店大賞で、知人の三島市立図書館Sさんと佐久間図書館Hさんが帝国書院編集者Oさんと出会ったことから始まった。

 作家たちの言葉は時にやさしく、時に厳しく、人生を変える力を持っている。今回の挑戦は、井上靖から私への励ましだったのではないだろうか。改めて、言葉の力と可能性を感じたのだった。

徳山加陽(とくやま・かや)
愛知県生まれ。井上靖文学館学芸員。『井上靖「中国行軍日記」』『地図で読む松本清張』の編集執筆に携わる。

2021年3月6日掲載